千慮の愚者@紋章の人

全く使ってなかった厨二ページをLARP小説投げ箱に再利用。黒歴史?何それおいしいの?なので刺さる人には痛い遺物があるので要注意〜

マテリアル──始末犬蔵の過去


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※ストーリーの都合上ボツになってしまった犬蔵の独白を引っ張ってきました。

 

[…千年に一度の剣の天才でも、

闇夜に恐れられる人斬りでも、

はたまた龍を打ち倒す偉大な英雄でもなく

─その実彼女は、

ただの純真な田舎娘であった]

 

 

 ──その頃わしはまだ成人もしておらんかった。昔から同じ剣道場に通っていた幼なじみの龍馬はいくつも年上じゃったから、まるで兄貴分のような存在じゃった。

 …龍馬の家は、集落で唯一アマテラス神を信仰している神社でな。ほら、それにわしらガオシャは月の民じゃろう?じゃから色々言われることも多かった。

 

 …その日は、朝から剣道場での稽古があった。龍馬は練習試合で、何度先生に注意されても龍馬をコケにする嫌みな坊主にあたってしもうた。

 日頃の恨みを全力でぶつけ……たかは知らんが、そいつは龍馬にこてんぱんにされた。

 

 ──くそったれ、とあいつは最初に吐き出した。それからは、罵詈雑言が雪崩のように奴の口から溢れ出た。思い出したくもないが…その殆どは周りの大人が日頃密やかに囁くもので、やけに現実味を帯びていた。

 そしてあいつは、見かねた先生に止められる最後にこう言った。『お前のような出来損ないは周りの人間を不幸にするだけだ』とな。

 それを聞いた龍馬は一瞬、喉を詰まらせた。そして沈黙の後に一言、『…いぬり(帰り)ます』といながら去っていった。

『待ちいりょーま、』

 とわしは止めたが、泣きそうになりながら怒ったように振り向かれては、その腕を手放すことしかできんかった。

 それが、龍馬が初めて早帰りした日でもあった。

 

 わしは家に帰ってからも、龍馬の悲痛な顔を思い出してずっと腸(はらわた)が煮えくり返ったままじゃった。龍馬に初めて拒絶させられたことも、わしの正気を鈍らせるのに十分な衝撃だったき。

 ……それからのことは、あまり覚えちょらん。

ただ、“武士の矜持”と銘打って、龍馬の敵討ちすることが、そん時のわしにとって最大の[正義]じゃった。

 わしは父の真剣を持ち出した。ずっしりと重たいそれが竹刀袋にぴたりと収まった時、わしはぞくりと感動を覚えた。

 

 不気味なほど人気のない夕暮れに、奴を橋の上に見つけた。だが、まだだ。

 わしは後ろから声をかけた。

『いぬるんじゃなか』

 奴は言った。

『ちいと話があって』

 と、わしは返した。

 わしは朝の言葉の訂正と、龍馬への謝罪を持ちかけた。だが奴は渋った。それどころか、わしに龍馬と縁を切るように言ってきたんじゃ。

『──わしの幸せはわしが決める。おまんなんぞの汚らしい手に触れさせもしとうないわ!』

 そう言い放った時、もうわしの心は決まっておった。猿のようにうげはじめる奴を無視して、わしが背負った竹刀袋からスラリと鋼の刃を光らせた時、奴はようやく顔色を変えた。

『じ…冗談よな…?』

 

 奴は震えてそう言った。

『そう思うなら受けてみい』

 わしはそして、剣を振りかぶった。

 ……そこにあったのは、胸の内で燃えたぎる怒りでも、暮れゆく夕日に照らされた奴の恐怖に引きつる顔でもなかった。

 

 極限の集中。殺人の本能。背中を向けて逃げようとする獲物の背中に踏み込んで、一閃。

 

その静けさの中で、腕にかかる重みだけが残る。

 その時、わしは確かに──嗤っていた。

 

 …そのあと、わしはどこをどう走ったのか、夜闇に紛れて龍馬の家に転がり込んだ。

『りょおま、』

 傷心の龍馬は血みどろのわしを見ると酷く驚いて、それから、困ったように微笑んだんじゃ。

 わしはそんな龍馬にかきついて、泣き喚くことしかできんかった。

 

 翌朝わしは龍馬に引きずられて、 いの一番にお上(かみ)に申し訳を立てにいった。

 幸いなことに相手は一命を取り留めたそうで、わしは頭を伏せながら静かに息をついた。

『大殿さま』

 声を出すのも怯えるわしに、龍馬が代わって背を伸ばす。

『犬蔵は、確かに大変な罪を犯しました。しかしそれは、何の理由なしに疎まれ虐められていたわしを思ってこその行動。その誠意に、わしは武士の吟持すら感じました。

 ──わしも今度の責任を負います。ですので、刑罰はせめて追放を…。』

『ほう?追放、とな』

 わしは二人の視線が怖くて、それでも頭を上げることが出来なかった。

『はい。犬蔵も儂も、世の中のことはまったく知らぬ未熟なる身。故に、見て参ろうと思います。このアズマの国々を。どんな国があるのか、どんな人々がおるのか…この両の目でしっかりと。

 ──そしてそれを大殿さまにお伝えすることが、わしらにできる最大の罪滅ぼしになると思うております…。』

 隣で、龍馬の銀髪がさらりと畳に落ちる音がする。大殿様がわしと龍馬の背中をじろじろと見比べる視線が痛くて、息がうまく吸えんかった。

 

『……成る程』

 たっぷりの沈黙のあと、大殿様はため息混じりにそう口を開いた。

『本当は天道神を崇める家に情を挟むことはしないのだがな』

 大殿様は苦々しげといった声色で続ける。

『明未空、貴様には落馬の怪我を迅速に治して貰うたという借りがある。わしとてそれを返さんほど落ちぶれてはおらん……

 ──良いだろう、そいつを連れて勝手に何処へでも行くがよい。貴様はこの地に相応しくない──明未空 龍馬、及び始末 犬蔵を追放の刑に処す。疾く立ち去れ。』

『ッ、ありがとう、ございます……!』

『──ははぁ…っ…』

 わしはまだ昨夜の衝撃から回復できておらんかったから、そう龍馬に続いてまた深く頭を下げる事しかできんかった。

 

 

 …そうして、わしはここにいる。

 世界を知るにゃあまだまだじゃが、今までの旅の中で、郷の色しか知らんかったわしの前に、既に色とりどりの個性や文化が広がりおる。この極彩色に龍馬が憧れた理由がようやく分かって来たところで…。

 …ハァ……それなのに、わしは…龍馬は…小さいことで争っちょったんかなあ……