千慮の愚者@紋章の人

全く使ってなかった厨二ページをLARP小説投げ箱に再利用。黒歴史?何それおいしいの?なので刺さる人には痛い遺物があるので要注意〜

その地、永遠の理想郷なれ

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 ある王国に、一人の女騎士がいた。名はクヴァール=アイナ=グレゴリウス。

 国一番の騎士であり王女でもある、ディアマンテ=リフル=シャッフルII世に憧れて、騎士の道を目指した。


 クヴァールには、幼い頃から同じ道を志す友がいた──後に剣聖とまで讃えられる騎士、アルヴァ=クラウス=サリバン。生まれは名もない平家だったとの記録がある。

 アルヴァは身分と性別を隠して騎士団に入団した。その後間もなく、アルヴァはめきめきと頭角を現し、他の団員から一目置かれるようになる。


 だからアルヴァが女性であることは、当時の騎士団長とクヴァールしか知らなかった。

 ヘルムの下では寂しがり屋で、意地っ張りで、笑顔の穏やかな親友の秘密を暴くことを、クヴァールは絶対にしなかった。

 

 

 クヴァールは、友に一度聞いたことがある。

「皆は優秀な君を男だと信じてる。もっとも別に、君の才能は私が一番よく知っていたがね?……女がずっと"男である"のは、苦し…いや、どんな心地がするのか気になったんだ」

 するとアルヴァは、

「そうだね」

 と呟いて、空を飛んでいる鳥を見た。アルヴァがそのまま考え込んでいるのを、クヴァールは静かに見つめた。

「…確かに我慢が必要な"仕事"ではある。誤解させているという自覚もあるつもりだ。それでもぼくはね、クヴァール」

 アルヴァは友に幼い時と変わらない、無邪気な笑顔を向けた。

「きみが女の子であるぼくを知っている限り、ぼくはいつまでも女の子でいられるし、彼らが優秀な戦士としてぼくを見ていてくれるなら、ぼくはそれに応えられる。

 そしてそれらをぼく自身、何よりも誇りに思ってるんだよ」

 クヴァールは、アルヴァの金糸のような髪が太陽の光に煌いているように見えた。遠い昔、アルヴァが『国を守る、君を守る、騎士になる』という夢を語った時と全く同じ瞳の輝きに、クヴァールもまたにっこりと微笑み返すのだった。

 

 それからしばらくして、戦争が起こった。

東からやってくる野蛮で、凶悪な悪意の群れ。騎士王女の命を受け、それらから国境を防衛するべく騎士団は戦に赴いた。

 クヴァールたちは異形の化物、残虐な戦鬼たちを相手に奮闘した。


 そんな中、アルヴァが敵の刃に倒れた。


 敵の闇魔術にとっさに対応できなかったクヴァールを庇って、彼女は親友の目の前で死んだ。

 クヴァールは、前線のテントに安置されているアルヴァの遺体に縋り付いて泣き喚くことしかできなかった。

 それから毎晩、クヴァールは悪夢に苦しんだ。アルヴァの死の瞬間だ。友が血反吐を吐いて、最期に息も吸えず、苦しげに眉を寄せてこちらを見上げる瞳。

 

 

 戦争に勝った後、殉職したアルヴァに、騎士王女から遺憾と慰めの言葉が送られた。騎士団員たちは一人残らずアルヴァの死を嘆き、英雄として讃え、アルヴァは死後、最上級騎士"剣聖"の称号が与えられた。

 全ての人間がアルヴァの死を悼んだ。そしてクヴァールは──亡き友の敵を討ちにいった。


 狙うは邪悪な国の国王"シュテン"の首。クヴァールは正気ではなかった。例え敵地で無残に独り死んだとて、それでも良かった。

 じきに、友を失い死に場所を探しにきた、哀れな女をシュテンは捕らえた。

 そして──気まぐれにその耳元に囁いた。

「わたしの兵が殺めたのは、そんなにも赫々(しゅくしゅく)たる戦士であったのかのう、勇敢な御人よ?」

 

 クヴァールは激昂して喚いた。叫んだ。シュテンの首に噛みつかんばかりに、アルヴァがいかに偉大で、幼少の時期から輝かしい人間だったのかを。

 いつの間にか大粒の涙を零すクヴァールに、シュテンは悲壮感たっぷりと、こう告げた。

「…お気の毒に。まことに、お気の毒であるな?我の力ならばその人間、甦らせることが可能であろう」

 

 

 そこからのことを、クヴァールはよく覚えていない。

 シュテンが何か呪文を唱えて、思考にもやがかかったようになる。反面、自分のするべきことは青空のようにはっきりしていた。


『全ての人が望むこと。アルヴァを蘇らせることこそが絶対の正義である』こと。

そしてそのために、『自国の領土の国宝─蒼の秘石ランドピースを奪取しシュテンに貢ぐ』こと。

 

 

 

( …………。)

( わたしは、どこで間違ってしまったのだろう。)

( わたしが騎士になるなどと言わなければ。わたしがもっと敵の魔術について詳しかったら。)

( ……あの時わたしが、死んでいれば。)

 


 わたしは国を裏切った。正義のために。

国宝を盗んだ。正義のために。

かつての味方に剣を向けた。正義のために。

尊敬する騎士団長にも剣を向けた。正義のために。

 ……………。

 

 

 …その全てが間違っていたと気づいたのは、シュテンに国宝を捧げんとする直前だった。

「友との再会は果たせようぞ。─あの世でな!!!」


「嫌…だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだ」

 クヴァールの頭の中で何かが切れた。それはひどく嫌だった。命を奪われるのは嫌だった。全てを奪われるのは、嫌だった。

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!」

 シュテンの一太刀を受けたのは、騎士として恥ずべき背中だった。

 

 冷たい床に転がった体躯が血を失いつつあるのを、クヴァールははっきりと知覚していた。痺れて動かない手から、秘石の入った革袋が取り上げられる。

「───ごめん、なさい。わたしの─剣、聖──」

 あなたの守ろうとした国を。騎士の誇りを。そして、私自身を。

 その全てを蔑ろにした私は、きっと地獄行きだろう。


 ……向こうでも会えなくて、独りにさせて。

 ごめんなさい。

 

ぼくらのライファン学園〜マルコフvsギーク〜

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 冬も迫ったある日。学園内にある武道場は異様な熱気に包まれていた。

 二人の男が向かい合って礼を交わす。

「──今回こそ諦めていただきます、ギーク先生」

「参ったなあ…おじさんの人生掛かってるから手加減はできないよ、マルコフ君」

 言葉と共に、火花の散りそうな勢いで殺気がぶつかり合う。集まった生徒、他オーディエンスはそのやり取りを固唾を呑んで見守っていた。

 


 事の発端は一週間ほど前のこと。化学の担当教師であるギーク・ロウは、化学教室に持ち込んだ水煙草の装置を生徒会長(と書いてキャプテンと読む)マルコフに咎められた。

「吸うにしてもせめて放課後にしてください、いい大人なんだから!一部の生徒から苦情も来てるんですよ。休み時間は自粛してもらわないと、生徒会としても相応の対応をとらざるをえない」

「手厳しいなこりゃ。そう言われてもねえ…おじさんの唯一の楽しみだし…?」

 そんな会話を化学部に所属している生徒たちは机の影で聞いていた。

「しゃあないな…じゃあこんなのはどう?」

 化学教師は億劫そうに立ち上がり、キャプテン・マルコフにぐっと接近した。生徒としては体格の良いマルコフと、それをゆうゆうと見下げる細身のギークの顔の近さに、とある姉妹を筆頭とした女生徒たちは悲鳴をあげる。

「俺と剣道で勝負しな、キャプテン(生徒会長)?お前が勝ったら潔く煙草は諦めよう」

 マルコフは面食らったように目を丸くし、それから呆れたように口角を上げた。

「はは!それってあんたの土俵じゃないですか、大人気ない人だ」

 ギークは当然のように義手である右手をマルコフに差し出す。

「三本勝負一試合。これでどうだい?」

 間髪入れずその手は力強く握られる。

「望むところです」

 

 

 数々の不良生徒を力で打ち負かし改心させたと噂の生徒会長と、化学教師という地味な役職にもかかわらず破格の戦闘力を隠し持つと言われる教師。

 その二人が男と男の一騎打ちを行うという噂は瞬く間に広まり、ささやかに元締の掴めない賭けが取引された。武道場を包む緊張感は、男子生徒たちの昼飯を賭けた戦いによるものでもあった。

「マルコフちゃん、悪いが負ける予定は無いからさ。部費の件考えといてね」

「そんな野暮なことするとでも?私はこの一戦に全てを注ぎますよ」

 重苦しい防具から溢れ出る覇気。最前で見守る保健女医のアブサンは深くため息をつき、もはや何も言わなかった。


 両者が睨み合いながらいよいよ竹刀を抜き合わせると会場のテンションは最高潮に達した。

「「先生、負けないで!」」

「ファイオーッ!頑張れカピタン!いけいけカピタン!!」

 女生徒はひときわ熱狂し、大きな生徒会の旗を振る者もいる。

「Sit!気持ちは分かるが今は牡蠣のように口を噤んでいてくれると助かる、Wench(子猫ちゃん)」

「半分でもその名で呼ぶな…ああもう、悪かったですよ。

ListenToTheSea(幸運を)、Captain」

 マルコフは沸き立つ観客を鎮めた。静寂が支配すると同時に、神聖な儀式のような空気が場を支配する。両者、ゆっくりと腰を落とし蹲踞の構えを取った。

 しゃなりと巫女の如く前に出たのは、マルコフの推薦により主審を務めるエストレイア。普段は平和にカウンセラーをしている。 

 彼女は無茶振りによる初審にも関わらず緊張を全く表に出さず、ルールに則り粛々と競技を進行させていた。


 闘いが始まる。

 ピリリと肌の切れるような緊張感。主審、エストレイアが息を吸い込んだ。

「始め!」

「──やああぁぁっ!!」

 まず仕掛けたのはマルコフだ。ギークはひらりとそれを躱し、隙を狙う。

「てエッッッ!!」

 カッ!

 が、すんでのところで竹刀同士がぶつかり合う。

 熱量が加速し、試合は更に白熱する。

「一本ッ」

 先に取ったのはやはりギークだ。しかしマルコフは目だけを獣のように爛々と光らせ、ギークを武者震いさせるのだった。

 (──学生の迫力じゃねえだろ)

「ら゙ああぁぁあ゙あ゙あ゙!!!!!」

 パァン、と打ち合う竹刀の重み。

 弾けるような音と、鬼気迫る掛け声は武道場の外まで響いている。そのあまりの迫力に、校庭で花壇の花を世話していた園芸部員のアルバがビクッと震えてジョウロを落としてしまったのはここだけの話。


 衝撃に震える窓越しに、遠く眺める影が一人。

「ぅお〜〜やってるやってる」

 寒空の下、校舎の屋上特等席から人並み外れた視力でもって、試合を観戦しているのは半狼の問題児リウォンだ。ちなみに彼女はお小遣いが足りなかったので賭けには参加していない。

 コーラとジャーキーを手にご機嫌な半狼は、ふわふわした尻尾を風になびかせながら男たちの運命の行く末を眺めていた。


「一本ン!」

 エストレイアは何とか剣筋を追い判定を下した。少し自信は無さげだったが、打ったマルコフ、打たれたギーク、双方の剣士は抗議することなく睨み合いを続けているので合っているのだろう。

 あと一本を決めた者が勝者となる。

 じりじりと距離を詰める一歩が汗ばむ。

 (絶対に──負けたくない!!)

 そこにあったのは苦い煙草の香りでもなく、削られる予算の無粋な金でもなく。ただ男と男の、意地のぶつかり合いだった。

 ──パパァン!!!

 一瞬で全てが決した。振り切りの速さは同じ、が、マルコフの方が一瞬たたらを踏んだ。

「……一本!勝者、ギーク・ロウ!!」

「……………っ。」

 敗者は一息ごとに敗北の二文字を噛みしめる。勝者は敗者があって成り立つ勝利を心に刻む。

 互いの健闘に敬意を表すがため、剣道は礼に始まり、礼で終わった。


「…ちっきしょう…!!!いけると思ったんだけどなあ…」

「危なかったねえ、はは」

「お二人共、怪我は無くって?」

「舐めてもらっちゃこまる。どっちも打ち損じるような腕してないよ」

「おや、光栄ですね先生」

「事実さ」

 闘いの後の青空のような清々しさ。ギークは蒸れた髪を撫で付けた。

「にしても鈍ったなあ、マルコフ君もなかなかやるけどやっぱ年かな…」

「煙草ばっかりスパスパ吸ってるからじゃないですかね」

 そんな言葉に子供のようにバツが悪そうに口角を歪める相手をマルコフは見た。

「やっぱ、そうだよねえ。…休み時間は控えよっかな。自重、あくまで自重ね」

「やっぱり大人気ないですね」

「厳しいねえ」

 そうやって笑いあって、戦友は固く握った拳をコツンと突き合わせる。


 そんな素敵な世界の、おはなし。

Cerbero(チェルベーロ)

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「いいよなぁ、幻のエルフの里…みいんな騒いでんのに。カピタンはそのために船を出したんだし?

アタシも行きたかった〜〜はぁーッ」

 紫にうねる髪の女は、そう深いため息をつく。片手間にぐるぐるとレバーを回し、流れるような動作でスイッチとなる縄を引いた。

「ちっきしょ〜エルフのお祭りで踊りたかったのに!お姉さま〜!カピタン〜!みんな〜!

──この防衛ライン突破されたら…ゴメンね?」

 ドオオォォン!!!

 彼女の言葉は砲撃音に掻き消された。放たれた砲弾は放物線を描き、迫り来る巨鳥の群れ──ルクと呼ばれるモンスター──その一羽に直撃した。

「Evviva(やったぜ)!!」

「こらリエ、SEA(彼女)の口悪うつってるよ。まあ気持ちは分からないでもないがね」

 そう言ったのは、この危機的状況を前に、なおも楽しそうに笑いながらバリスタを斜めに構えている魔女だ。

「魔術師さ」

 失礼、ルーン魔術師のREOは、同じパーティの女海賊、グロリエラの愚痴を聞き流していた。その間にREOも怪鳥を一羽仕留める。

 彼女たちの背後に聳える火山から供給されるスチームエネルギーの機構により、弓は即座に引き絞られる。半束までに減った矢の一本を番えた魔術師は、空より来たる群勢を睨んだ。

 

「ボクだってさあ?こんな凍える山脈の一角で、ルク鳥の掃討をすることになるとは思わなかったさ。

 でもここでボクらが粘らなかったら彼らも──(ここでまたバリスタを発射するが、惜しくも空を切る)チッ!──メディナへイムで宴を楽しんでる冒険者諸君も、落ち着いてられないだろうし?」

「REOサ=ンだって舌打ちはマズイんじゃないですかねえ〜ッ?私は!ただのおつかいクエストって、聞いてたのに!」

 グロリエラは半ば躍起になって、ぐいとスイッチを引く。大砲の衝撃で髪が乱れようがお構い無しに、彼女は次の獲物に照準を合わせた。

 

 

 

         〜〜これまでの経緯〜〜

 


 彼女ら二人と、もう一人の仲間であるSEAと呼ばれる女が出会ったのは今から数ヶ月ほど前のことだ。

「……お姉さんたち二人とはなんだか他人の気がしない。」

「…奇遇ですわ、私もよ」

「ハハァ!またM[マンワズ]の導きか、いやいや、縁ってやつはこれだから」

 どこか外れている者同士だからか、三人はまるでパズルのピースが合うかのように意気投合した。

 ゼゼナン荒地にほど近い山岳。そこに聳える要塞のような町で受けたクエストは、「三つの地方のそれぞれの都市で製作された、超大型ガジェットの部品をそれぞれ回収する」というものだった。

「なーんだ簡単じゃないか!それでこの報酬額かい?…何だか怪しい気がするけど…残念ながら今の金欠のボクには、選択肢なんてあってないようなものなのだよ」

 そう悲劇の役者のように胸に手を当てたREOを、上質な毛皮で縁取られた黒いマントを羽織った女はちらと横目で見る。

「そう見くびるのは早計かと。三つの地方を回るだけといっても、超大型の部品におけるスケールが不明ですし、合計移動距離は大陸縦断と大差ないだろうと…思いますね」

「なるほどね〜?少なくともポケットに入れておけるサイズじゃないことだけは確かだ!」

「ハァ……」

 クエストは終始このようなテンションで進められたが、不思議と諍いは起こらなかった。それはSEA──当初はBlackと名乗っていた──が、変人の扱いが手慣れていたことが大きい。本来海賊稼業をしているグロリエラも、争いを好む性格では無かった。

「Blackが機械ジョブ、リエが戦士、ボクが魔法!よく考えるとバランスの良いパーティなんだね」

「一つも使えない魔法見習いがよく言いますね」

「これは手厳しい」


 このおつかいで特筆すべきなのは、我らが愛すべきフォックスハウンド、キャプテン・マルコフとの出会いだろう。グロリエラが彼との出会い頭に、

「キャプテン・マルコフ!あのフォックスハウンド!本物かい!?」

 と畳み掛けると、

「おや、貴女のような愛らしい女性にまで名前を知られているとは嬉しいね」

 などと話が広がり、部品工場のあるメテロライタ地方まで船に乗せて行って貰えることになったりした。

「あれは良いキャプテンだ、元々善人から奪うのが嫌で海賊狩りを始めたらしい。風をよく読むし海の声が聞こえている。ただちょっと…船がボロいんだよね…」

 のちにグロリエラはそう語った。

 

 

 

 さて、女海賊が理想のキャプテンにお熱になっている間、残り二人の間には陰謀と疑念が渦巻く事態となっていた。

 港の一角、薄暗い路地に紋章屋を呼び出したREOは重々しげに口を開く。

「…Black、君は一体何者だい?何故このクエストに参加した、いや──何故、“冒険者に紛れてクエストを受注するふり”なんてした?」

「……何のことだか。」

 その反応は分かっていたらしく、REOは気にせず持っていた新緑色のノートを開いてみせた。

「君は本当に沈黙が得意なのだね。これをご覧よ、もっとも君は見なくても分かるだろうが……

依頼された荷物や工場の至る所に書いてある紋章、これルーンのSとEとAを組み合わせたものように見えるね…紋章に詳しい君ならとっくに気づいていたはずだけど」

 REOはノートを開いたまま、黒いマントの女に近寄る。

「っ、」

 警戒するように後ずさった相手に、REOは口角をつりあげる。

 タネあかしをするようにぱたりと閉じたノートの影には、鋭くナイフが光っていた。それを置いた魔術師の瞳は、ナイフよりも鋭く相手を貫いた。

「君のそのモノクルにも興味を引かれるのだけれど、まずは質問に答えて貰おうかなBlack、それとも……SEA of Blackと呼んだ方がいいかい?」


「…Cavolo(ちきしょう)ッ」

 REOは、心底楽しそうにからからと笑った。例えるなら子供がスカートをめくった時のように、無邪気に。

「君の口が悪くなるのは追い詰められた時だ!S.E.A.とShe(彼女)を掛けるなんて君、センスの良いことするじゃないか。だかこの言霊使いに名前を偽ったのが運のツキだったねお嬢さん?」

 REOは役者のようにそう決める。が、相手に視線を移すとスッとしおらしい顔を見せた。

「そんな顔しないでおくれよ…あの工場長は君みたいにポーカーフェイスが上手くなかったんだ。でもね、お嬢さん。

“♪紐解いたルーンも聞いただけの名前も、別に君を脅したり、強請ったりしたいわけじゃない。

ただ一緒に真実を共有したいだけなんだ”

…なんてね」

 もう一人の仲間が口ずさむ歌を、REOは言葉を変えて歌い直す。が、ジャンプを失敗した場面を見られた猫のような顔は変わらない。珍しくREOの方がため息を零した。


「オーケイ、じゃあ事実確認をしよう。ボクが独り言を言うから君が突っ込むんだ、いつもみたいにね。

まず君は冒険者ではなく依頼者側の人間だ、それもかなり上の方。大方我々がヘマしないよう見張る、それと取引相手とブツの確認のためかな。そう考えると実に合理的だ」

 REOは物語を謳うように言霊を紡いでいく。

「そんなにも厳重に取り扱う必要のある超大型ガジェットとは?帝国の息がかかっていそうだぞ。まあそれは二番目に訪れた工場が帝都のど真ん中ってので確信したのだけれど。


 帝国があんな荒地に何の用だろうね、大昔に爆発し、大きな大きな山脈の、北の端にある古びたマグマだまりに。

 そういやボクらが出発する朝、大きな地鳴りが響いたよなあ。あの時の、グロリエラのなんてことないようにポテトを頬張る顔は正直チビった。

 ──帝国は一体あそこに何を隠してる?」

 


「二人とも〜?こんなところで何してんの?」

 薄暗い港の裏路地に、グロリエラがひょっこりと顔を出す。SEAは、マントの毛皮をそっと撫でながら表情を不器用に柔らかくさせる。グロリエラがそれにぎょっとしていると、

「騙していてごめんなさい。…全て話すわ、このクエストについて、何もかも。」

 面倒ごとの気配を感じ取った女海賊は、魔術師を恨めしそうに睨んで、それから、海よりも深いため息をついた。

 

 

 

「これは私のMaestro(ご主人)─いや、Babbo(親父)から託された100年に一度の使命なんだクソッタレ…義理とはいえ娘にこんな面倒ごとを遺してくなんて…」

 曰く、砦の地下深くには、地鳴りや噴火をコントロールするための(とても遠回しな言い方をした)ガジェットがいくつか眠っている。管理しているのは帝国ではなく、帝国の庇護を受けたR.I.D.A.(リダ)と呼ばれる発明家学会、彼女の養父はその設立メンバーだそうだ。

 その学会の使命の一つが、地下に眠るガジェットのプログラム機能期限、また耐久性を考慮して100年に一度取り替えることだという。


「三つの部品はそのうちの一つ、特別な魔力ゲート“Cerbero(チェルベーロ)”を形作るためのもの。地底コントロールの仕組みを学んだ諸君をR.I.D.A.の会員として認めます」

「な〜るほど(死んだ魚のような目)」

「cerbero…ケルベロスか!だからロゴがそれぞれ三方を向いた犬だったのだね!」

「…REO、貴女の言葉を一つ訂正するとすれば」

「おや、何か間違っていたところが?」

「私をSEA(シー)と呼ぶようにしたのはBabboよ」

 SEAはどこか懐かしむように、照れ臭そうに、喪服のような黒いマントの襟を引き寄せた。

「……そうか、軽薄に口にしてすまない」

「いいえ、いいえ。この名も頭文字に過ぎないの。でも貴方達二人には、この名で呼んでもらいたい」

 REOとグロリエラは弾かれたように顔を上げた。それから二人で顔を見合わせて、

「オーケー!改めてよろしく、SEAちゃん」

「話してくれてありがとうSEA、言霊はしっかり預かった」

 と笑いかけるのだった。

「あ〜あ私お腹空いちゃった」

「この港の葡萄酒は一瓶空ける価値がある」

「それは許可できませんわ。せめて半瓶(デカンタ)にしておきなさい」

「これは手厳しい!」

 なんて言葉を交わし合いながら、三人は揃って明るく賑やかな港へと歩き始めた。

 

 

「クエスト達成お疲れ様です!こちら報酬になります!」

 無事部品を砦に持ち帰り、三人はクエストを報告した。受付カウンターには三つの報酬袋が置かれたが、二人はSEAの顔を見た。

「…必要なのかい?」

「そういうのマッチポンプっていうんだよ」

「ばれましたか」

 受付嬢はぎょっと顔を上げる。見上げた先はSEAではなく、言葉を発した部外者、のはずの二人だ。SEAが受付嬢にひとつ頷くと、受付嬢は状況を把握して動揺しながらも、何も言わず報酬袋の一つを引っ込めた。

 REOは久しぶりに手にした銀貨の重みに感動しながら、早速袋に手を突っ込んだ。

「また無駄遣いをするつもりですか、」

「ほい」

「…えっ?」

 REOは銀貨2枚をSEAに差し出した。

「宿代、飯代、酒代、その他もろもろ。報酬から返すって言っただろう。利息はえっと…何割?まあいいや、これで足りるだろう」

「…本当によろしいので?」

「言霊使いは約束を蔑ろになどしないさ。茶葉でも買ったらいいんじゃないかな」

 SEAは恐る恐る銀貨を受取る。ひんやりした銀を握りしめると、手の中でチリリと鳴った。

「……感謝致します。私はこんな──」

 ──ゴゴゴゴゴゴッ!!!!

「なッ」

「うわ、っと」

「大きいねえ〜みんな大丈夫?」

 大地が揺れる。緊張の中で受付のある酒場の視線が一気にSEAに集まって、これをただの地鳴りとして片付ける人間は、もうこの酒場には存在していないことを二人は知った。

「…お二人とも。これは私の勝手な望みなのですが」

「手伝うよ」

 長く続く揺れの中で、机にしがみつきながらREOはSEAの目を見た。

「…ちょっ〜と聞きたいんだけどさ、これどんだけヤバい系のやつなん?この砦?それとも地方?もしかして大陸までヤバたにえん?」

 グロリエラは揺れの中でも余裕げに立ちながら、尺度を手で表してみせた。SEAは呆れのため息を漏らす。

「大陸ヤバたにえんです、つらみ」

 投げやりに伝えられた言葉に、グロリエラはステップを踏むようにバランスを取った。

「じゃ、どこにいても変わんないね。私に……んにゃ、私たちに出来ることって、あるかな?」


 しばらくして揺れが収まると、SEAはひとつ深呼吸する。そしてバサ、と黒いマントを翻した。

「緊急クエストを発令します!受注条件はR.I.D.A.メンバーであること、内容は“劣化した地底コントロールガジェットの取り替え、及びそれに伴う魔獣の掃討”です!

各班!速やかに持ち場へ移動を開始せよ!」

「「「イエス、シー!!」」」

 一気に慌ただしくなる現場を、新入り二人は唖然として眺めていた。

「“及びそれに伴う魔獣の掃討”だってさグロリエラ」

「勢いでああ言ったものの各班って何?状態だよな〜」

 REOはR.I.D.A.の活動に興味を持ったのか、手持ちのノートに狂ったように羽根ペンを踊らせる。

「手短かに説明するわ。貴女たちにやってもらいたいのはその通り魔獣の掃討。取り替えるということは一瞬でも取り外さなければいけないということ。その間プロm、火口から溢れ出る膨大な魔力がモンスターを呼び寄せる…

 地を駆けるやつらはまだいいの、ご存知の通りその為の要塞だしね。問題は怪鳥ルク──火喰い鳥とも呼ばれている──。空からの猛攻は人力で対処しなければならない。ここまでは大丈夫?」

「オーケー、機械の調整とか言われたらどうしようかと思ってた」

「つまりやることは実にシンプルなのだね」

「そういうことよ」


 SEAは二人を外へ連れ出した。入り組んだ要塞の階段を登り、ドーム状の屋根を回り込み、また階段を登った先にはずらりと並んだ最新式大砲とバリスタの台。

 ピュウ、とREOが口笛を鳴らした。

「これはSEA!設備の準備は完了致しました、いつでも迎え打てます」

「そのようね。空いている砲台はあるかしら」

「Cラインの右側に五台ほど空席がございます。そのお二方は…?」

「新入りよ。使い方を教えてあげて。

二人とも、私には下でやることがあるからここで一旦お別れ。運が良ければまた会いましょ。…いえ、貴女たちならきっと大丈夫ね」

「星の光が君に注ぎますように」

海の声が導きますように」

 三人の女たちは、それぞれの祈りを口にして拳を合わせた。

 

 

 

「ということなのさ」

 ドオォン!!

「何か言ったァ!?」

「いや、ただの独り言さ」

 回想を終えると、REOはバリスタの照準を覗き込み、鼻歌混じりに獲物を定め矢を放った。

 巨体が地面に落ちるドサッという鈍い音が聞こえる程度には、怪鳥たちとの距離は狭まっていた。小刻みな地鳴りが更に焦燥感を煽ってくる。

 しかしそれで動じないのがグロリエラだ。REOに続いて大砲をぶち当てると、腰に手を当てて背骨を伸ばす。

「10発中7発!まあこんなもんか」

「お遊びじゃないんだがねえ」

「いいでしょこれくらい?いやあ長丁場だなぁ、山が最初に炎を吐いてから30分が目安だと言ってたのに…にしてもアレを30分で付け替える予定とかバケモノかよ」

「どれくらい経ってる、リエ?」

 グロリエラは手元の懐中時計を開いた。

「開始50分を過ぎたとこ。頼むよCerbero、冥界の番犬ちゃん!もうAライン突破され……Bもダメだな?一息ついてる場合じゃねえ」

 女海賊は即座に台座に足をかけて縄を引く。蒸気エネルギーが満たされた砲台から鉄の玉が飛び出すが、怪鳥にひらりとかわされてしまう。

「ヤバいかもなあ、持ちこたえられるかコレ」

 ゴゴオォォ…

「おっとお!?」

 一際大きな地鳴りが要塞を揺らす。グロリエラは山を見上げた。

 その瞬間、山から高く炎が噴き出した。それは噴火ではなく、ガジェットが正常に作動していることを示す証だった。

「見ろ!ルクどもが帰っていくぞ!」

 防衛線の見張り班の一人がそう声をあげる。ビューの魔法で視力を補正されたという彼の言う通り、ルク鳥の群れは魔力を感じ取れなくなると一斉に踵を返し、あっという間に山脈の向こうへと消えていった。

「勝った…のか」

「負けていないのだから勝ったのだろうよ。やれやれ、やっと報奨金の計算ができる」

 いまだ呆然と山を見上げるグロリエラの後ろで、よろめきながらREOが立ち上がる。

 発射台から要塞の下を見下ろした彼女は、ぽつりとこう呟くのだった。

「丁度良い、羽根ペンを替えておきたいところだったんだ」


 その後二人は、土ぼこりまみれで生還したSEAと抱擁を交わした。

 そして、防衛成功と新メンバーの加入を祝して開かれた宴は、夜が明けるまで続くのだった。

 

               〜〜〜   FIN   〜〜〜

ぼうけんしゃLARPリプレイ小説

 

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──それは、二日がかりの大喜劇。

その軌跡を皆々様に伝えよう。

話し手はもちろんお馴染みの彼女。

[あちら]を生きる彼女の目に、

その世界はどう映るのか……

知りたくはないかい?

 

ならば教えてあげるとも。

……私かい?私はしがない吟遊詩人。

どうかREOと呼んでおくれ───

 

 

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「──りょおま!!!」

「犬蔵さん?」

 犬蔵は思わず龍馬に走り寄って、龍馬も不思議そうに手を広げて受け入れた。

「どういたがか、犬蔵さん」

「どういたもこういたもない!おまんが居ぬのは寂しかったぜよ!」

「たかだか数分程度で大袈裟じゃのう」

「ふえ?」

「えっ?」

 龍馬はいよいよ不思議そうに首を傾げて犬蔵を見た。

「え、わしが龍馬と最後に別れてからどれくらいたっちょる」

「じゃから数分だって」

「………、………。」

 犬蔵は一瞬の後、長い息をついて膝から崩れ落ちた。

「えぇ、ほんにどういたんじゃ犬蔵さん、どこか痛いんか?変な輩にでも絡まれたか??」

 犬蔵は頭の上でおろおろとしている龍馬に、のろりと手を挙げて制止した。

「とりあえず……わしの話を聞いてくれんか…」

「お、おん」

 そうして犬蔵は語り始めた。

 

 

  第一歩  犬蔵、異世界トリップする

 

 

 ええと…龍馬と別れてから──龍馬にとっちゃあついさっきじゃが──わしは変な小道に迷い込んだ。何かおかしいと思ったその瞬間じゃ。

 気づくとわしは、足元の暗闇に落っこちちょった。

「け、怪我は!?」

 無い、とは言い切れん。これは後で説明しゆうが……とにかくわしが暗闇に落っこちて、目が覚めたら──そこは一面に広がる草原だったんじゃ!

 

「草原なんてここら辺には……」

 そう、じゃけえ、どうやらわしは何らかのはずみで別の世界に飛ばされとったらしい……。

「今の数分で!?」

 龍馬にとっちゃあ数分じゃが、わしにとっちゃあまるひいとい(一日)の出来事だったぜよ!龍馬もいないし、知らん土地知らん異空間でどれだけ心細かったか!

「そりゃあ大変じゃったのお。帰ってきてくれて良かった」

 そいでな、聞いて驚け。わしは史上最凶の魔物“凶星ダークマター”と戦った!そして奴に打ち勝って二つもの世界を救ってきたぜよ!龍馬の知らんうちに!

「ええええええっ!!!??凶星ダークマターちゅうと、あの凶星ダークマターがか」

 そうじゃ!かつてとある世界と世界の狭間に召還され、どちらの世界も破壊せんとしたが、名も知れぬ冒険者たちによって打ち倒された、あの凶星ダークマターじゃ!

 

「し、信じられん…犬蔵さんがのお…」

 ふふん!もっと褒めてもえいんじゃぞ!

「わしの居ぬところで……そんな危険に突っ込んで……死ぬ可能性もあっつろう……?」

 …龍馬まて待てりょおま、わしの話を聞いてくれんか!お説教は!それから!な?

「……言い訳は聞かん。じゃが事情を説明する権利だけはくれちゃる」

 恩情に感謝じゃ…ふう…。

 

 コホン、では改めて。

 草原で目が覚めると、わしはふと空を見上げた。そこには少なくとも、青空か、もしくは星の夜がある、はずだった。

「はずだった?」

 しかしそこにあったのは──ひび割れた、紫色の空。まるで石を投げ込んだ鏡のように、今にも降りかかってきそうに思えた。

「恐ろしや…」

 ああその通り。わしはしょうまっこと不安になって、まず龍馬の姿を探し始めた。…セイメイの件のように、化かされちょると思ったからの。

 

 自慢の鼻を頼りに──が、見つけられんかった。

 匂いも、気配も、まるで最初から龍馬なんて人間はおらんかったみたいに……。唯一の救いはわし自身に染み付いた匂いと、龍馬からもろうたこの手裏剣一束があることじゃった。

 わしはひび割れた空の下、あてもなく歩き続けた。

 

 

 ……草を凪ぐ風に揺られしばらく歩くと、突然ぐらりと足元が揺れた。

 

 [フィールドを召還します。──沼地]

 

 誰かのそんな声が空から聞こえて、見上げようにも揺れが大きくなるばかり。

 必死に脚を広げて踏ん張りながら揺れが収まりゆうのを待った。するとわしはいつの間にか、深い沼地に立っておった。

 

「沼地?草原を抜けたんでなく?」

 それはない。わしは揺れがしてから一歩も動いとらんに、周りの景色ががんらと変わりおった。

 なんじゃあ、と声が出た。泥の噴き上げる泡は不快な臭いがしたし、足元だって、かろうじて靴をとられんような土をさ迷う始末。

 ──じゃから、わしは目の前で泥から這い出た骨人間に腰を抜かした。

「骨……人間?」

 わしが骨人間言うたら骨人間じゃ──奴さんは肉も皮もあらんのに動いちょった。纏わりつく泥がぼたぼたとしたたり落ちれば白い骨が覗くし、動くたびに丸出しの骨同士がカチャカチャ言うた。

「そりゃおぞましいのお…」

 骨人間は何かの骨でできた剣だか槍だかをこちらに向けてきゆうが、わしはあまりの出来事に動けんかった……そん時じゃ、あの嬢ちゃんが現れたんは。

「ほお?」

 

 

  第二歩  ルーン魔術師REOとの邂逅

 

 

 その嬢ちゃんは、座りこんじょるわしを尻目に骨人間に立ち向かっていった。

 名前を『れお』、とか言っちょった。異国だか異世界だかの古代文字…『るーん』じゃったか、の魔法を研究しておるらしい。

『──そこの君何してる、寛いでないで手を貸してくれないか。…それともその剣は飾りかい?』

 レオは黄色の長衣の裾を優雅に翻して、わしにそう言ってきゆう。

『まさか!ちぃ、よう分からんがあいつは敵か!』

 わしはそう返して刀を抜いた。

 骨人間は怯んだわしに襲いかかってきたが、わしが刀で受け止め、押さえこんじょる間に嬢ちゃんが不思議な型の二刃で奴に一撃を与える。

 体勢の崩れた隙にわしは刀を振り、骨人間を腹ァから一刀両断した。

 

 嬢ちゃんは骨人間の身体が崩れるのを確認すると、革紐を編んだような帯に剣を仕舞った。

『…なるほど、良い太刀筋だね。煽るつもりは無かったけど、すまないことを言った』

『おまんはここの人間か?』

 わしの警戒してるんが伝わったのか、嬢ちゃんは両手を脱力させると余裕げにひらひらと振った。

『いや?僕は別の世界から迷い込んだうちの一人さ。多分、君と同じくね』

 

 

 その後、わしは嬢ちゃんから必要なことを教えてもろうた。

 曰わく、その世界は二つの世界がぶつかり合って生まれた狭間の世界である。故になんらかの拍子に別世界から飛ばされることがよくあり、時空が不安定なため一歩歩くと全く違う場所なんてことがざらにあるらしい。

『それがここ、狭間の世界フィアーバの日常だそうだ。郷に入っては郷に従え、……まあここに来てしまった以上慣れるほかあるまいよ』

 

 嬢ちゃんは、新緑で紡いだような緑の表紙に黒い革背表紙の本をめくりながら、長い羽根でできた筆(ペンと言うらしい)で何かしら綴っていた。

『これかい?いやあ、帰ったら面白い読み物ができるかと思ってね、出来事を逐一メモしているのさ。それにしても君……』

 わしは墨を足さずとも綴られる文字を不思議に思って眺めていた。それがはたと止まって、わしはやっと己がじっと眺められていることに気づいた。

『…なんじゃろうか』

 わしは聞く。

『いや、犬の獣人だろうけど面白い相をしていると思って。僕は[REO]だけど君のは[OER]…他人とは思えないな、この広い世界で出会ったのも偶然じゃない気がしてきた』

『…よう分からんが、“縁(えにし)”…ちゅうモンじゃろうか』

 わしがそう答えると、羽根ペンがまた上機嫌に踊り出した。

『なるほど、[M](マンワズ)ってやつだね。…いやはや全く、この世界は面白いな』

 

 [フィールドを召還します。──冒険者の町]

 そんな話をしちゅうとまた声が聞こえて時空が歪みゆう。

 今度は賑やかな町らしい場所にたどり着いた。

 

『運がいいね。ここからは外に出なければどこかへ飛ばされることも無いから、元の世界に戻る手がかりを探すといいよ』

 わしは不思議な声について聞いた。

『ああ、あれは賽子(ダイス)の女神ってやつの声だね。この世界のあらゆる事象を管理しているらしい…。──またの名を、GM(ゲームマスター)』

「げえむ…ますたー」

 そう…。

『まあ我々とは別次元の話さ。我々に干渉できることはないから……あまり気にすることは無い』

 レオはそう言うと、わしの肩に手を置いた。

『まっこと感謝しゆう、れお。』

『旅は一期一会、いいってことさ。それじゃあ元気でね、ケンゾー』

『おまんも、達者で』

 わしはそうして嬢ちゃんと別れた。

 

 

   第三歩  謎の忍者クロサキ

 

 

 町では、“バザール”ちゅう祭の真っ最中じゃった。広場は色とりどりに飾り付けられ、聞いたことも無い音楽、様々な世界の技術や娯楽、料理が一堂に会すを見るんは胸がわくわくした。

 時間があったらまわってみよう、わしはそう心に決めた。

 わしはREOに紹介された通り、まず異世界からの冒険者が集うギルドちゅう場所に足を運んだ。そこでは獣人だったり耳長族だったり、色んな世界から集まった多種多様な冒険者で賑わっておった。

 唸るものや軋むような声がさざめくのに耳を慣れさせておると、わしはふと、異世界なのに言葉は通じるのじゃな、と気がついた。

 これもその世界に流れてきたとある女神の恩恵だそうじゃ。

 

 そんな中で、

『ほお!あんちゃんは昨日来たばかりなのに草原のケットシーを屠ったのか!こりゃあ逸材だねえ』

 と話す声が耳についた。声のする方へ寄ると、黒い背中が獣人たちと和気藹々と語り合っていた。

『いやぁ、俺はただ皆の作った隙に打ち込んだだけですよ。彼女──REOさんに敵の弱点を教えて貰ったりね』

 知った名前が出てきたのにわしは嬉しゅうなって、つい声をあげてしもうた。

『おまん、REO嬢の知り合いがか!』

 

 男が振り向いて、彼の墨を流したような黒髪が肩に落ちた。

『土佐弁…?そうだけど、君は?』

 男は白い布で口元を覆っておったけえ、表情が読めんかった。前髪の間から覗く目だけが鋭く光ったのをわしは見た。

『わしはアズマから来た始末 犬蔵じゃあ!さっきこの世界に飛ばされえ、右も左もわからんところをREOの嬢ちゃんに助けてもろうた!』

 男はまたわしをじろりと眺めたが、敵意が無いと踏んだのか興味なさげに会釈してきた。

『…始末剣、ねえ。俺はクロサキ。俺の出身は…話すの面倒だし…まあ、世の中には知らない方がいいこともあるとだけ言っておくよ』

 

『成る程…?わしと似たような狼犬族に見えるが、その黒い服は…忍者、がか?』

 わしの問いに、男はぴんと立った狼のような耳をぱたた、と揺らした。よく見ると先の毛が灰がかっているし、左の耳は欠けている。

『…まあ、そんなようなものかな。ところで君、暇?俺は元の世界に帰りたいんだけど、君ももしそうなら協力してくれないか』

 クロサキのその言葉に、わしは二もなく頷いた。

「ちょま、そんな知り合いでもないんにホイホイ着いていっちゃ駄目じゃぁいつも言うちょるじゃろ犬蔵さん!」

 お?……あー、まあ、なんぞ分かりにくうかったが龍馬と同じよーなお人好しの匂いがしゆうたし…

「もう…はぁあ…」

 

 

   第四歩  女神の欠片ランドピース

 

 

 で、わしらはギルドん中で“元の世界に帰る”ゆう同じ目的を持つ冒険者を募い、街の外へ踏み出すことにした。

 

 曰わく、その世界で生活するために『ランドピース』という青い石が貨幣がわりとして存在しちょるらしい。

「らんどぴぃす?」

 おお。これは古の時代この世界に流れついた女神が、その世界を支配しようとする魔王に抵抗した末散らばった欠片だそうじゃ。

 ランドピースはこの世界の各地に埋もれ、たびたび不思議な力を発揮するらしい。

『喋るサンドスター…』

 クロサキがそんなことを呟いたが、わしはその意味を知らん。

「わしも知らん。」

 じゃろうな。

 

 [フィールドを召還します。──沼地]

 

 街の外に一歩踏み出すと、 またGMの声がして時空が歪んだ。仲間は全員同じ場所に飛ばされたが、むせかえるような泥の匂いにわしは眉間に皺をよせた。

『またここがか』

 辿り着いたのは沼地じゃった。鬱蒼と草が茂りゆう、わしは仲間が泥にはまらんよう、また土の乾いた所を選った。

 

『──何者だ!』

 突然、クロサキがそう叫んだ。はっとして視線の先を振り返ると、背の高い草むらの中から二つの人影が現れゆう所じゃった。

『…バレちゃあ仕方ねぇなあ』

 人影はそう言うと、わしらに剣を向けた!

 

『ど…どういて?わしらぁが争う理由なぞなか!』

『ハァ……始末、REOから聞いてないのか。この世界では“血の好きな奴ら”がうろうろしてるんだ』

 言いながらクロサキは二振りの短剣を構える。

『こいつらは、どこでも好き勝手に暴れまわるぞ──例え相手が人間でも、な。』

「…まさか、」

『そゆこと』

 敵は──その人間たちは、下衆な笑みを浮かべながら剣の刃を舐めた。

 

 

『君たちも覚悟を決めろ。自信が無いなら下がってるんだな』

 クロサキは他の冒険者にそう声をかけた。わしは前に出たが、剣を触ったことのない世界らしい女子二人組は怯えた顔をして影に隠れた。

「そんな世界からも飛ばされるがか!そりゃ大変じゃ…」

 わしも不憫に思うたのお。更には気色の悪い男どもに気味の悪い目つきで眺められる始末。

『今回の獲物は女が多いなァ…こりゃ楽しめそうだ。──遊んでやれ、ドロミミ』

 ドロミミと呼ばれた一人は粗末な斧を構える。黒い肌の耳長族のようじゃったが、もう一人の人間に逆らえん──奴隷に見えた。

『やるしか、ないがか…!』

 

 [ダークエルフのHPは3、NPC冒険者のHPは8]

 

 またしてもGMの声が響くが、わしに構っちゅう暇はなか。

 ドロミミは斧を振りかぶるが、わしは刀で受け流す。そのまま腕に斬りつけて、嫌な感触が指を伝った。

「……」

 じゃがドロミミも斧を単に振り回すだけでないようで、横からの斬撃をすんでの所でかわす。

 そんな応酬を繰り返し、最後に息の上がった所を思い切って斬り伏せる──ドロミミは動かなくなった。

『わ──わしが──こ、殺して──っ……』

 ふいに誰かの腕が肩に乗って、わしはびくりと震えた。

『…大丈夫だ。もう誰かに代わるといい』

 クロサキじゃった。その面影がまた龍馬を思い出させゆうて、わしはやっと深く息を吐けた。

 

『ちょ──待っ』

『待ったは無しだぜ!』

 羊の角を持つ女戦士がもう一人にとどめをさす。

 すると温かな光が全身を包み込み、戦闘で負った傷がじんわりと癒えていった。

『ほお…話には聞いちょったが妙なもんじゃのう』

 REOの話では、戦闘が終わると傷が治るのも、世界に散らばるランドピースが起こす奇跡の一つじゃという。そこに斬り伏せた二人組も、時間がたてば目を覚ますらしかった。

 

「殺されゆうた人が蘇る世界……そりゃ、不埒な輩が跋扈するんも仕方がなか」

 ……わしは二度と御免じゃ。

「そうじゃなあ。わしも行きたくはないの」

 

 

   第五歩  ご・ま・だ・れー↑

 

 

 クロサキは、二人組の立っていた場所に屈んで何かを拾っていた。

『何しゆうがか』

 わしは聞いた。クロサキはつまみ上げたギラギラのネックレス──男の落としたもの──をかざしてみせた。

『こういうドロップ…、戦利品は町の商人に言えばランドピースに替えてくれる。他にもあるから、拾っておくのをお勧めするよ……それにこいつは、』

 もう片方の手が握る麻袋には、青い石がじゃらりと入っていた。

『金(ランドピース)を持ってる』

 

 [ドロップアイテム獲得。──悪趣味なネックレス、15LP。ご・ま・だ・れー↑]

 とGMの気の抜ける声が響く。

「なんじゃそれ」

 そう思うじゃろ。『ごまだれじゃあ?』わしも聞いた。

 [由緒正しき古来からの呪文です。ご・ま・だ・れー↑]

『ご・ま・だ・れー↑』

『!?』

 わしはGMに返事を貰ったことよりも、クロサキまでそれを口ずさんだのに衝撃を受けた。

『ご・ま・だ・れー↑!たーのしー!』

『ご・ま・だ・れー↑?確かに何ぞ、わくわくしゆうな!ご・ま・だ・れー↑』

 しばらくごまだれの大合唱は続いた。

「ご・ま・だ・れー↑……えいな、これ」

 そうじゃな!

 

 ごまだれが落ち着くと、わしらはクロサキの言う通りにめぼしいものを巻き上げた。

 それが済むとまた歩き出して、場所が変わるのを待った。

 [ご…コホン。フィールドを召還します──草原]

 

『来た。…おっと』

『野原じゃな…』

 わしは、そこに吹く爽やかな風の中に、僅かな鉄の匂いを感じた。

『これは……血の匂いじゃ!』

『ぎゃー!なんだこいつ離れろ!』

 悲鳴に振り返ると、仲間の顔に何かが引っ付いて暴れておった。

 きらりと鋭いモノが光ったのを見たクロサキが、咄嗟にそれの首を掴んで引き剥がす。

『こいつはケットシーだ!』

 それが頭から離れた直後、鋭い爪らしきモノが空を切った。くっついたままじゃったら、確実に首を掻き切っていた軌道じゃ。

 

 [モンスター:ケットシー、HP5]

 ケットシーとやらはもがいてクロサキの手から抜け出し、ひらりと草の上に着地した。

 異様に爪が長く鋭いことと、後ろ足で立っていること、それに大きな牙を繋げた首飾りをしていること以外は愛らしい猫にしか見えんかった。

 

『ちっ…こいつに気をつけろ、本当に恐ろしい!あの見た目に騙されて、昨日も何人の仲間がその凶爪にかかったか…!』

 クロサキの警告に、わしはREOも同じ事を言っちゅうたのを思い出す。『草原…ケットシー……うっ頭が!』

 もしわしが落ちた直後、奴に襲われていたら……そう考えるとぞっとしゆう。

 

 ケットシーはシャー、と声をあげ、殺意に顔を歪めて向かってきよった。

『…えいっ!』

 そんなケットシーに剣を振ったんは、さっき影で怯えておった──そう、そのおなご二人じゃった。二人はコーコー?とかいう揃いの制服を纏って、頭には猫の耳があった。ただ、作りもんのように動かんかったがな。

『できるか?』

 クロサキに二人は首を縦に振る。なんじゃ、猫族の矜持みたいなもんかのお。その背中からは覚悟が感じられた。

『いくにゃー!』

 

 片割れが倒れても、もう一人がケットシーを見事倒しきった。そのケットシーがまだ子供であったことも、犠牲が少ない理由らしかった。

 [ドロップアイテム獲得──爪×3、短剣(?)[かっこはてな]。ごまだれー↑]

『初めてながらよくやった』

 クロサキの賛辞に、傷の回復した二人ははにかんだ微笑みをして、顔を見合わせちょった。

 

 

    第六歩  赤毛の騎士兵長J.B.

 

 

 なんとか無事に街に辿り着くと、わしらは商人を探して戦利品をランドピースと交換してもろうた。

『ネックレス…それと牙に、短剣ね。ケットシーの持つ短剣は…残念ながら呪われてるな。

 それにお嬢ちゃんたちの初心者用の鉄剣、それのローンを差し引いて全部で……14ランドピースってところだ。召使い!』

『へえただいま、あねご。14ランドピースね、きっちりこれで。』

『ありがとうございました、おかげで助かりました』

『いいってことよ』

 わしは密かに嬢ちゃんらが持ちゆうエモノに疑問を抱いていたが、それはこのやり取りで解消された。

「つまり手ぶらで飛ばされた冒険者に、装備を貸し出しているんか……親切と言うべきか、商売上手と言うべきか、ね」

 商いをしてくれた女エルフはどうやら商業会のお偉いさんのようで、付き添いの召使いが背負う籠に商品を放り込んだ。

 女商人はわしらを振り返って言った。

『ところであんさんら、元の世界に帰りたいんだって?いい商売させてもらったから、いくつか情報をやろう』

 女商人はそう言って声を落とした。

 

 一つ、同じく異世界から迷い込んだらしい、赤と白の装束の少女を探している冒険者がいること。

 二つ、商業界でも鼻つまみ者にされている怪しい商人が、黒い宝石がついた呪われたペンダントを紛失したこと。

 三つ、これが肝心。各地に散らばったランドピースをこじゃんと集めれば、女神さまの不思議な力で元の世界に帰れる…らしいこと。

 

 

『今後ともごひーきにー』

 女商人と別れたわしらは、街で情報を集める者と外へ稼ぎに出るものに分かれることにしゆうた。

 幸い冒険者ギルドでは新しい仲間も数人集まった。

 その中でも一際目を引いたのが、赤いツンツン頭の西洋人じゃった。

『俺はリフル・シャッフル侯領から来た、騎士団兵長ジャックだ。皆からはJ.B.と呼ばれている。よろしくな!

 …あ、強そうに見えるが戦闘はあまり期待しないでくれよ?この世界じゃあ、何故だか加護やら何やら本来の力が発揮できないんだ…』

 JBはおどけるように肩をすくめる。

 

『……呆れるほど真っ直ぐな気配だ…』

 そんなことをほんの小さく呟いたクロサキの顔をちらりと伺って、わしは一人笑いに吹き出した。

「そない顔しちょったんか」

 蟻のよな呟きを聞いて、なおかつ奴の苦虫を噛み潰したような顔を見たのはわしだけじゃったからっ……ああ駄目じゃ、思い出したら笑いが…ふふっ…

 

 はあ…。JB、初対面で笑ってしもうたがの。

 言うても奴さんがいなければ…わしは、戻ってこれんかったろう。

「実は頼りになるお人だったんじゃね」

 うーん、あれはただ運が悪かったと言うか、女神の悪戯と言うか……?

 ──まあ、わしが“死”を覚悟したんは、後にも先にもあれだけじゃけえ……。

「まさか、ダークマター!?」

 ……あん時わしは、足が震えて仕方なかった…剣を持つ手が汗に濡れた。なにしろ剣の先に立っているんは、一瞬前まで共に旅をした仲間“だったもの”じゃから…。

「そ、れは……っ」

『おい─目を覚ましい、戻ってこい!!』

 わしは吠えた。じゃがそれも虚しく木々の間をかすめるだけで、仲間“だったもの”は、ふらり、ふらりとわしとの距離をつめてきゆう。

 わしは、心ん中で敗北を認めた───地上最強の茸、マタンゴに─!!

「地上、最強の───っ!

 

…って、え、茸?わしの聞き間違いがかのう?」

 いんや、あれは茸じゃ。

「茸?ってあのキノコ?山に生えてる?」

 鬱蒼とした森の中で出くわした茸だとも。けんど茸だとて侮るなよ!奴さんは茸の中の怪物茸ちや!

 わしはもうキノコ鍋を口にできそうもない……自分がキノコになってしもうたからの!

「けっけけ犬蔵さんがキノコ!?え?今も!?僕キノコと話してたの!?」

 安心せえ、もう人族じゃあほ。

 

 わしは、仲間じゃったマタンゴに負けた。マタンゴに負けるとマタンゴの一部となる。つまりマタンゴマタンゴなんじゃ。

「はい…?」

 わしらはマタンゴを前に歯が立たず、全滅しかけた。そこをJBは持ち前の誠意と勇気をもって救ってくれたんじゃあ!逃げることもできたんに!

 

 マタンゴは倒れ、力を失ったマタンゴの胞子をJBの烈風剣が吹き飛ばした!正気を取り戻したわしらぁは心底感謝した……じゃが奴さんは仲間として当然のことじゃと謙遜ばかり。

 クロサキが言葉少なにJBの肩に腕を乗せたのを見たときわしは、げに目頭が熱くなったね。

「えっとつまり……犬蔵さんは無事、と」

 じゃからそう言っちょるぜよ!

 

 

   第七歩  巨人の警告

 

 

 命からがら町に帰ったわしらを出迎えたんは、朝に出会った女商人と、情報を集めていた仲間たちじゃった。

『随分と疲れきった様子だけど、そんなに強敵にでも出くわしたのかい?』

 わしらは森で出会ったことを話した。女商人は気難しい顔をしてから、

『森のマタンゴだって?…本来やつらはこちらが手出ししなけれは襲ってくることはないはずだが……』

 と呟くと、顔を上げて続ける。

『やはりこの世界に、何か良くないことが訪れようとしているらしい』

 

 ──そん時じゃった。

 

      ゴオオォォン!!

 

 突如、鐘のような音が辺りに響いた。時空が大きくひび割れるのをわしは見た。

 そしてその亀裂から、大樹のように大きな人影がせり出してくるのも。

 [乱入NPC出現。威圧感が溢れる恐ろしげな巨人──きっと、冒険者たちに仇なす怪物に違いありません!]

 GMは珍しくつらつらと言葉を並べたてゆう。突然時空の歪みから現れた巨人は、わしの背丈をゆうに越す大剣を携えてじろりと睨みつけてきた。

『我が名はエンオウ!女神ミケツカミの剣(つるぎ)なり!我が主は何処(いずこ)なりや!』

『エンオウ…?』

 その地鳴りのような声に返す者が一人。

『──エンオウ!今度は何の用だ?』

 

『JB、知り合いがか?』

『知り合いも何も、昨日剣を打ち合った仲だ。途中でREOさんに説得されて、身を引いたはずだろう』

 こない恐ろしげな巨人を説得するにゃあ、REOは思ったより大物らしかった。

『フン……言っただろう、世界の崩壊は近づいている。二つの世界がぶつかり合うのはこの日暮れだ!弱小なる貴様らに止められるかどうか…』

 エンオウはまたしても、わしらをねめまわす。品定めをするよな目つきに、わしはつい前へと踏み出した。

『…よう分からんが、わしらぁを見くびって貰っちゃあ困るぜよ!何ぞわしらの強さを知れば気が変わるはずじゃ!』

 

「…へえ、やるねえ犬蔵さん」

 内心、震える小鹿じゃったがな。REO嬢が出来るならわしにも出来んことはない──何故だかそう思えた。死んでも生き返る…それもあるしの。

「仲間が勝てば、じゃろ?」

 うん……まああいつらはそんな柔じゃなか。

 わしが前に出ると、エンオウは冷酷な瞳を少しだけ緩めた。

『ほう…仔犬、名は?』

『わしはアズマの剣の天才、始末 犬蔵じゃ!エンオウ……ちゅうたか。その女神の剣の技!盗んじゃるえい機会じゃあ!!』

 エンオウは遂に細い目を丸く見開いた。そしてフッと息を吐き、強敵を求める戦士の顔になった。

『面白い!良かろう、貴様らの実力とやらを見せてみろ。混沌に一矢報いれるものであれば……手を貸してやらんこともない』

『望むところだ』

 そうわしの隣に立ったのはクロサキじゃった。それに続いて、続々と仲間たちが武器を構える。

『──行くぞ!!!』

 

 

 戦闘は熾烈を極めた。奴さん、身体は大きくて動きも一切無駄がなく、柔な攻撃は弾き返される。さらにはエンオウの大剣“星凪”の斬撃に、三人もの仲間がまとめて吹き飛ばされる始末。

 そんな戦いん中で、エンオウは思いの外楽しんじょるようにも見えた。“弱小な人間たち”の本気を目にして、己もそれに答えていたからのう。

『クソ、懐にすら入れない…刃が通らねえ』

 クロサキは、痺れるらしい手首を振りながら後退してきゆう。

『せめて奴の気を一瞬でも逸らせられれば…』

 それを聞いて、わしはふと袖に手を忍ばせた。

『…わしに考えがある』

 

 エンオウはなかなか手ごわかったが、わしらは確かに手応えを感じておった。疲弊したエンオウを見逃さず、クロサキが死角から走り寄った。

 風のように短剣を振るう。──が、すんでのところで弾かれてしもうた!

『甘い!』

 体勢を崩したクロサキに、エンオウは大剣を振りかぶる!

 しかしそこに、ヒュッ、と風を切りエンオウの腕を直撃したのが──わしの投げた手裏剣じゃった!

『なにッ』

『今じゃクロサキ!』

『──応ッ!』

 エンオウは思わず剣を取り落とし、その隙を狙ってクロサキの攻撃がエンオウを捉えた!

『飛道具とは小癪な、ぐっ!』

 そこから仲間が怒涛の連撃を決め、エンオウは遂に膝をついたんじゃあ─!

「おお、やったの犬蔵さん!」

 いやあ、よかった。エンオウのあの星を凪ぐような剣技は、もうわしのもんじゃ。

 

『……なるほど』

 剣を置いたエンオウは、静かに口角を上げた。

『軟弱な世界の寄せ集めが、よもやここまでとは。認めよう、汝らは強い』

『じゃあ!』

『来たる世界の崩壊の時、汝らが恐れ逃げ去る者でなければ──もしくは、蛮勇を掲げる愚か者たちであったなら、その行く末を見守らん。

 凶星ダークマター、奴は必ず現れる。ミケツカミの剣の名において…我は必ず、主を見つけ出さねばならぬ』

 エンオウは、JBの差し出した手を力強く握る。エンオウは立ち上がり、剣を重く大地に差した。

『覚えておくがいい、小さき者どもよ。光は闇と共にあり、闇は光と共にある。信じるものをよくよく選べ。……我が言えるのはここまでだ。さらば!』

 時空の裂け目がエンオウを飲み込む。

 不気味な鐘の音が、紫色のひび割れた空に遠く響いた。

 

 

  第八歩  剣士は誰がために爪を研ぐ

 

 

「わしの手裏剣、使ってくれたんがか」

 ハン、そんなニヤニヤするなや。わしがあれを苦手なんは自分の腕のせいじゃと言っておったちや…

「すまんよ、でも上手く使ってくれて嬉しいぜよ」

 あれはどういてなかなか、使い勝手が良かったの。敵の懐に入り込めば外すこともなか。

 よくよく飛ぶし──流石は龍馬の手裏剣じゃき。

「あぁ、ありがとうな。…それで、続きをお願いできんか?わしは犬蔵さんの語るのがしょうまっこと気に入りじゃ」

 えいともよ!…で、エンオウを退けたとこからじゃの。

 

 わしは訳が分からんながらも、エンオウの言っていた『世界の崩壊』について考えを巡らせていた。

『…もしこの世界が崩壊すれば、この世界にいるわしらも無事ではいられんよな』

 仲間たちは重苦しい顔を見合わせた。わしらは来たるその時に備えるために、短いながらも各自準備を整えることにした。

 

『こりゃなかなか、大ごとに巻き込まれちまったもんだな』

 ひたすら刀を研ぐわしの背中に声がかかる。クロサキじゃった。

『こんな所で易々と犬死にするわけにゃあいかん』

『犬だけにってか?…冗談だよ』

 クロサキはわしの睨みもとんと気にせず、ピカピカの双剣を弄んでいた。町の武器屋で新調したらしく、瓜二つに見える一対はさながら鏡に映したようじゃった。

『エンオウより手ごわいんだろ?その、ダークマターっての。攻撃が通らないなんてやってけないし……かっこいいだろこれ』

 なんて見せびらかすもんだから、わしはうざったかった。

『剣なんぞ斬れりゃあなんでもえいがじゃ』

 水に浸けた刃を目の高さに上げて、僅かな歪みを確かめる。切っ先にいるクロサキの顔が見えた。

 わしはそれに、別の人間の姿を重ねておった。

『……わしには…帰るべき世界がある。待っている人がいる…!』

『………』

 クロサキは黙り込んで、暮れゆく空に目を移した。──空に走るひび割れは、少しずつ大きくなっているように感じられた。

 

 日没を目前に控えた町の広場で、わしらは集まった。

 昼間とは打って変わって辺りの喧騒は静まり、どこか緊張した空気が張りつめていた。エンオウとの激闘の後、彼が言い放った不穏な言葉が人づてに広まった…と、女商人は言った。

『…何も起きないといいんだが。景気づけにこれをやろう、元気が出る』

 そん時女商人のご好意で頂いた菓子──ちょこれえとは、この世のものとは思えないほどの美味じゃった。骨のように固いかと思えば舌の上でとろけ、独特な風味のついた甘味が口いっぱいに広がり鼻に抜けていく。それが疲れた身体の五臓六腑を温めて、奮い立たせてくれるような心地がした。

『うまい!』

『お侍さん、美味そうに食うね……いいかい、これはこの世界における言葉の一つなんだがね。“罪を侵した者に必要なのは、刃ではなく帰る場所である”……まあ結局、殺されても生き返るこの世界ならではの甘ちゃん理論なんだけどね』

 そう笑って女商人は去っていった。

 

 広場に残ったのは、元の世界に帰るという願いを持った冒険者たち。他にもバザールの屋台がお開きになる中、行き場をなくして面白そうだからと集まってきた者もいる。

 わしを筆頭に、J.B、クロサキ、羊の女戦士、女盗賊、遊び人、他には眼鏡、狼、それに身の丈をゆうに越す斧を携えた少女。

「いやまて最後おかしい」

 知っておる。わしもクロサキとコソコソ言い合った。

『あれ絶対二つ名に“血濡れの”とかついてるパターンだろ…』

『にこにこ笑いおって恐ろし……あ、こっち来た』

赤ずきんですこんにちは!』

『狼です。赤ずきんさんに雇われてます…』

『マネージャーです』

『いやわからん』

 

 とにかくわしらはひとかたまりになって、集めたランドピースを空に掲げた。……覚えてるがか、最初に女商人に教えてもろうたことじゃ。ランドピースをこじゃんと集めれば、元の世界に帰れるちゅうコトを。

「そういえばそんなことを言っちょったか。」

 クロサキやREOのように、前日にも飛ばされてきた冒険者たちが集めたランドピースも合わさって、青い石を入れた籠は一杯じゃ。

『これで、元いた世界に返してくれるんだろう!』

 わしらは緊張の面持ちで、紫から紺に変わりつつある空を見上げる。そこにGMの声が響いた。

 [……よろしいでしょう、ランドピースが規定の量に達していることを確認しました。これだけ集めればあなた方は、元いた世界に戻る権利がある…]

 青いランドピースは光を帯び、空に吸い込まれるように籠から浮き上がった。

 […と、その前に──やるべきことがありましたね]

 青い光はカッと強くなった。その太陽のごとき眩しさに、わしらはGMの言葉に違和感を感じながらも思わず目を瞑った。

 

 光が収まってわしらがゆっくりと目を開くと、そこには一人の女が立っておった。女は黒い毛並みの狐人で、しゃなりとした黒と赤の装束を纏っておった。

 女は、獣人族特有の長い鼻筋に収まる銀の眼鏡をクイと上げる。

 […改めまして、はじめまして。私は“K”、この世界の全てを司る者。]

 『GM(ゲームマスター)…!?こちらの次元には踏み込んでこないはずでは!?』

 クロサキをはじめとする冒険者たちは狼狽えた。じゃがその神々しいオーラは紛れもなく、わしらを空から見下ろしていた“賽子の女神”そのものじゃった。

 [暗黙の了解が何だと言うのです?神の座に根を張っているわけでは御座いましょう]

『……それで、女神サマが地上の愚民に何の用かな。タクシーで送り届けてくれる、ってわけじゃあなさそうだけど』

 クロサキは三毛に警戒を示していた。Kは、余裕げに銀縁の奥の目を細めてほくそ笑む。

 [それはもちろん……終わらせるためです、この世界を。]

 Kはそう言い放つと、天に向かい腕を広げた。

 [天墜せよ我が守護星。この闇に応え、此処に来たれ──招来!暗黒凶星・ダークマター!!──生命全てを消し去るがいい!!!]

 ──その時一瞬だけ、Kの胸元にぶら下がる黒い首飾りが光ったような気がした。

 

 

    第九歩  凶星ダークマター

 

 

 雷のような、ばりばりと空気が裂ける音が轟く。

『あれは……っ』

 それは、戦慄。開いたままの口から、かひゅっ、と空気が漏れた。

 空に浮かぶ、紺色の破片が波のように揺れる。その真ん中から地上に向かって伸びる闇がある。

 それは、光をも呑み込む本物の黒。この世の地獄、暴虐、絶望全てが顕現せし救いのない星。今ここに因果律は逆転し、地獄の底より舞い降りた大悪魔───ダークマターが、そこには立っていた。

 [ダークマターが、現れました。HPは“∞(むげんだい)”……!

 さあ愚かな冒険者たちよ、逃げるも立ち向かうも、絶望するも好きなように世界の崩壊を待つがいい!!!]

 

 HPは、命の強さと比例する。それが無限大ちゅうことは、底無し、どう足掻いても……

「……絶望。」

 そうとも。しかし、しかしじゃ。

 告げられた圧倒的な戦力差と、なにより地獄の全てを煮詰めて人型に凝縮したような本体から迸る、それはそれは禍々しいオーラに怖じ気づく者も多い中。

『∞とか、あたしよくわかんないけど…』

 “あいつ”は、いや“あの女”は、ちょっと散歩に行くような軽さで声をあげた。

『つ、ま、りィ~~…』

 その赤は、どんな血潮より眩しく映った。

「まさか……」

 …彼女は楽しそうに口角を吊り上げて、こう発声した。

『いっぱい殴れるってことだね☆』

『…………』

「…………」

 ……………。うん。どんな恐ろしげな魔物も奴さん──血濡れの赤ずきんにとっちゃあ質の良い巻藁(サンドバッグ)でしかなかったんろう。

『さーすが赤ずきんさーん皆にはできないことを言ってのけるー』

『そこに痺れるアコガレルーー』

 付き添いの狼とマネージャーが死んだ目でそんなことをほざいちょった。

 全く関係のない冒険者たちの間からも魂の抜けた拍手が起こる。

『あいつが暗黒凶星ならあんたは赤色矮星だー』

『いよっスペクトルMー』

 専門用語が飛び交ったところで、静観していた黒幕、Kは身体を震わせて声を荒らげた。

 [貴様ら……舐めているのか!!??そんなにも骨の一片も残さず消し去られたいのだな???特にそこのお前!!赤いずきんの!!]

『その通り!私は赤ずきんちゃんでーす』

 [ああもういいまずはお前から葬ってやる!ダークマター!!]

 

『──!』

赤ずきんさん!』

 そんな叫びが聞こえたと思うと、狼が手を広げて赤ずきんの背後を庇いゆう。いつの間にか剣を振り上げていたダークマターが、二人をその刃にかける瞬間──

 ──ガキイィン!!!

『…間に合ったか』

 間に割って入ったのは、大剣で攻撃を受け止めたエンオウじゃった。

『JB!お主も突っ立ってる暇があったら、こいつらが剣を受けんよう護ってやれ!!』

『元よりそのつもりですがね!』

 エンオウに煽られたJBが前に出る。ダークマターを前に並んで立つ二人の背中ほど、あん時頼もしいものは無かったね。赤ずきんは論外として。

 冒険者たちが、ダークマターを取り囲む。総勢の目には、もう絶望などではなく炎のように熱い覚悟が燃えたぎっていた!

 

『……いざ、』

 JBが剣を振り上げる。

『───勝負ッ!!!!!』

『ウオォオオオッ!!!』

 その掛け声と共に、わしらは一斉にダークマターへ向かっていった──!

 わしが斬り込み、羊戦士が受け止め、女盗賊が動きを封じ、クロサキが作った隙に赤ずきんが打ち込む。他にも頼れる仲間たちが次々とダークマターを翻弄し、その身を裂かんと剣を振るう。

 しかしダークマターは巧みな剣技と異次元の強さでもって、わしらを嘲笑うかのように余裕げに構えるだけじゃった。やっとこさ届いた傷もつけた側から煙を出して塞がりゆう、痛みも気にせず貧弱な人間どもを蹴散らすばかり。

 だが、

『我々の攻撃は確実にダークマターを消耗させている!傷が治るとしてもその回復力を上回る傷をつけ続ければ、いつかは倒れるはずだ。攻撃の手を休めるなっ!!』

 JBは声のかぎりにわしらを鼓舞し、それはさながら獅子の咆哮のようで。異世界兵長ちゅうんもきっとまっこと立派なお国のモンなんじゃろうと感じ取れたね。

 

 わしらは何時間も闘った。刃が潰れ、殴るように剣を打ちつけているものもいた。…それでもわしらは、諦めることなどしなかった。

 いつの間にか、闘いに参加する人間で広場は埋まっていた。Kの額に、僅かに冷や汗が伝うのをわしは見た。ダークマターに声を浴びせ、いつしかあった余裕も見えなくなる。

『もう飽きたよ、黒い人!』

 めしゃあ、という音を立てて、ダークマターの頭蓋骨に赤ずきんの斧が沈んだ。

 ダークマターがたたらを踏んだ。

『…嘘だ』

 Kは呟く。

『そんな──ダークマターが、ダークマターが!』

 すかさずJBが剣をキラリと光らせる。

『秘技──獅子烈風突き!!!』

 ダークマターの手から離れた剣が風に巻き上げられる。

『これで、終わりだ。……奥義・星凪の太刀-零の型!!!』

 一閃の流星のようにダークマターを斬ったのは、女神の剣・エンオウの斬撃じゃった。

 

 

『……ダークマターが──影に溶けていく──……』

 Kは放心したように呟いた。

『そんな……負けた……?ダークマターが……?』

 どさりと膝から崩れ落ちる。俯いた首から下がる首飾りも、心なしか色が薄くなっているように見えた。

 [……はは、は。]

 Kが息を零す。

 [あはは、はは、は]

 彼女は壊れたようにそう、笑っていた。……しかし、

 [──ぐ、ッ……!!]

 苦しそうな呻きを上げたと思うと、Kは自分の腕をかき抱いてその場に倒れ込んだ。

『どういた、?』

 その急変に、わしらはどうにかせんといかんと思うたが、どうしても剣を握りしめて突っ立っちょることしかできんかったぜよ。

 […私の……私の、心の闇から顕現せし凶星ダークマター……。それが倒されれば、っ…私本体が弱るのも道理よ…]

 三毛は酷く苦しそうじゃった。己の野望が打ち砕かれてしもうたことも、その胸の痛みを増幅させているようで。

 

『………敗北者よ』

 Kの顔に大きな影が落ちる。エンオウが彼女の頭上に立ちはだかったのじゃ。エンオウは、内の見えない人形のような表情(かお)をしとった。

『エン…オウ…。』

 Kが、かすれた声ではるか頭上のエンオウに呼びかける。しかしその声は、あまりにも遠すぎた。

『…汝、邪悪なる者なり。その罪は如何なる苦痛を以て償われることなかれ』

 わしは、エンオウが握る剣の切っ先から漏れる殺気に息をつまらせた。

『エンオウ!』

 そう名を呼んでJBが止めようとするが、

『黙っていろJB!異世界の軍人ごときが我々の理(ことわり)に手を出すな!!』

 という一喝により振り払われてしまう。

わしは──わしは、言おうとした。『それでも彼女は生きておる……心の闇を砕かれて、何も残らないはずの彼女は…っ、』

 ……生きて……生きて、弱々しくも生きておった!なのにわしは、わしは何もできんかった…っ!

 女がまるで物のように首ねっこを掴まれて、高々と持ち上げられても……、その身に余る大きな大きな鋼の剣が、女の心の臓を捉えても……何も、何も。

「犬蔵さん……」

 それでもこの舌は、凍りついたように動かんかった。

 ──ぐったりと地面に放られた女の横で、エンオウが自らの剣で、胸を貫き自害する、そんな瞬間になってまでわしは──、ただ、突っ立っていることしかできんかった。

『…我は…、エンオウ。…ミケツカミの…つるぎ、なり…。我が、ある、じ……いずこ…に………』

 エンオウは事切れた。JBが駆け寄って、傍らに膝をつく。何度も、何度も名を呼びながら。それでもその意志の強い瞳は、二度と開くことはなかった。

 

 

    第十歩  小さな夜明け

 

 

 広場の先の大通り、そこから見える小さな小さな地平線──日の出の光は、世界を温かく包み込んでいった。安堵する者、悲嘆する者、見つめる者、物言わぬ者。空は相も変わらずひび割れてるが、曙色(あけぼのいろ)は柔らかい。

 

 わしがじいっとその光景を眺めておると、ふと、夜と朝の境目の、何とも言えぬ色の間から宝石のようにきらきらと零れる光がある。

 それはどんどん広がってゆき、星の弾けるよな音と共にわしらのもとへやってきた。

 (──よく─よく、頑張りましたね。冒険者たちよ──)

 その光の粒は明確な意志を纏って、わしらの前に“立って”いた。わしはそのあまりの神々しさに、思わず片膝をついた。

『貴女は、いえ、その声は……』

 羊の女戦士が、茫然自失といった様子でそう零す。

『……ランドピースの、女神さま…?』

 そうクロサキは引き継いだ。振り返ると、今や広場に集まる人間は一人残らず膝をついていた。

 

 (─そう、私は魔王に封印された女神、ゼオライト。ランドピースを通して、あなた方の活躍を見守っていました──…あなた方は沢山のランドピースを集め、この世界を救ってくださいました。その働きに感謝して──元の世界へ、戻してさしあげることができます─)

『それは、至極光栄の至りに存じます』

 JBが朗らかに返答する。それを聞いた女神が微笑んだ、ような気がした。

 (では、刹那の別れの時を設けましょう。さあ面を上げて。人の生は短いですから──今生のうち、悔いを残さないように……)

 

 そのご配慮に感動すると同時に、わしはついクロサキを見た。目が合うと、奴はにやっと小生意気な笑みで返した。

 わしらは恐る恐る腰をあげ、女神さまの見守る元一時の会話を楽しんだ。剣の賛美、勇気の称揚、そして赤ずきんへのからかいと賛辞が飛び交う中。わしとクロサキは騒ぎの中心におるJBと笑いあっていた。

『のう、赤ずきんの二つ名何がいいと思うがか?』

『血濡れじゃもう生ぬるい。ここはやっぱ赤色矮性だろ』

『スペクトルMって言った奴誰だ~?』

 そんなどうでもえいことで盛り上がる。わしは“そんなこと”がひどくかけがえのない物に感じた。

 

『……にゃあ』

 わしはクロサキを見上げる。

『…?どうした』

 クロサキは片眉をあげて首を傾げた。

『わしら、えいパーティじゃったかの』

 もう会えないと分かっても、心は空のように澄み渡っておった。クロサキは一瞬不意をつかれたように固まって、それからそっと拳を差し出してくる。

『……当たり前だろう』

 クロサキの銀色の尻尾が微かに揺れた。わしも嬉しゅうなって、拳をコツンとぶつけた。

『ん?お前ら何良さげな雰囲気になってんだァ~?俺も混ぜろオラッ!』

 JBはそうからかいながら自分の拳を伸ばし、それからお天道様のような笑顔を見せた。

『あー面白いことやってる!私もー!』

『じゃあ僕たちも…』

『なかなか粋なことしてるじゃないか』

 拳に集まる輩はあっという間に増えていき、その誰もがやりきった笑顔を咲かせている……!繋がった拳には、熱いものが流れていた。

『俺たちはもう、絆で結ばれあった仲間だ!たとえ世界がばらばらになったって、俺たちの絆は永遠に続くんだぜ!!』

『おー!!!!』

 

 

     終巻  ただいま

 

 

「………というわけで」

 犬蔵は自身の身に起こったこと全てを語り終え、静かに俯いて手のひらを見下ろしていた。

「…わしは、思い出だけを引っさげてここに帰ってきた。……この手には、皆の想いが残っちょる。例えあれが胡蝶の夢だったとしても、それだけは、本物ぜよ。」

 犬蔵は満足げな顔で笑った。ふわふわした尻尾が椅子を掃いている。

「そうがか……壮大な経験をしてきたんじゃなあ、犬蔵さん」

 犬蔵の手触りの良い髪を、龍馬の白い手がぽんぽんと撫でる。

「…はー、語り尽くしたら疲れたき。もう寝よ…」

「それじゃ、お説教は明日にしとこか」

 犬蔵はその言葉にぎくりと固まった。

「え゙ぇ゙わしなんも怒られるようなことしてんが!?」

 しかし龍馬は揺るがない。

「言うたろう?わしは言い訳は聞かん、とな。まだまだ未熟な部分があるき、犬蔵さんは。ゆっくり休んで、心の準備しちょってね?」

「……わーかったよ。龍馬の居ひん所で、羽目外した自覚はある。じゃからお手柔らかに頼みます~…。」

 犬蔵はそう言うとそそくさと自室に戻っていってしまった。その扉が閉まるまで見送った龍馬は、長いため息を吐いた。

「はーーぁ……もう。…ま、お疲れ様じゃな──犬蔵さん」

 

 

      ~~筆者のあとがき~~

 

 

──いかがだっただろうか。これらは全て私、ルーン魔術師REOが見てきたことであり……異世界に生きる少女、始末 犬蔵が体験したことである。

この著書を執筆するきっかけとなったのは言わずもがな、あの世界で果たした彼女、犬蔵との奇跡の出逢いである。

……さあ、彼女に宣言した通り、この長ったらしい文字の羅列が“面白い読み物”になっていることを祈る。

 

私が誰かって?……分かりきったことじゃないか。最初に言った(かいた)通り───私はルーン魔術師(ことだまつかい)REO。そうでなければいったいどうして、[M]を[(マンワズ)]なんて読めるんだい?

 

 

 

-------END--------

 

 

 

☆Special Thanks☆

 

 GM三毛様

 

運営に携わった皆様

 

高田馬場TECH.C様

 

冒険の素晴らしい仲間たち

 

魅力的なNPCたち

 

etc..

和風チュートリアルLARPリプレイ小説2


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※以下の注意をよくお読み下さい

 

・今作には軽くグロテスクな表現、及び暴力表現が含まれます。ストーリーが分からなくなってしまう場所以外は目印に**を前後に配置しますので、苦手な方は全力で回避してお願いします。

 

 

・うろ覚えのため台詞や行動が正確ではない(アレンジ)

 

 

 

・なんちゃって土佐弁。舞台となるアズマは本物の日本ではありませんよ!

 

 

 

・ストーリー展開以外の細かい時系列の入れ替え

 

 

 

・犬蔵の独断と偏見によるフレーバーとしてのキャラ解釈&拡大表記

 

 

 

等が混じっていますワンぜよ

 

※なお、今作は https://austella05.hatenablog.com/entry/2019/04/03/183727 の続きものです。先にそちらをお読み下さい。

 

 

 

 

 

  ーーーーそれでは、開幕ーーーー

 

 

 

[──孤独に酒を煽る犬蔵。そこに声をかけた同族の青年の頼みで、犬蔵は再び自分の冒険譚を語り出す──]

 

 

 

──はぁ…どういたもんかえ……

…今晩の酒は味気がせんぜよ。のうりょーm……いや。そうじゃった。わしとしたことが……

 

ァン?なんじゃ、馴れ馴れしいのう。わしは今機嫌が悪いんじゃ…しょうもない要件じゃったら覚悟しい、同じガオシャとて容赦はせん。ここでおまんをぶった斬る…!

─は?わしがそない噂になっちょるんか?チィ、あの狸のおんちゃん覚えちょけよ……!

……ふうん?そこまで言われるなら悪い気はせんのう?

……ああ、龍馬のことがか。喧嘩別れして、今晩はここでこじゃんと飲んじゃる思うたところでな。

…は、ええんか?いやいや、竪琴の代わりにエモノが刀なんて吟遊詩人がどこにおる!

……まあ、わしもこん前は興に乗って悪くは無かったし…丁度寂し、いや暇だったところじゃし……

 

あい分かった、稀代の名語り師たるこの始末犬蔵が、夜酒の肴に語っちゅう。おまん、名は?

…柳兎、か。ハン、軽薄そうな名じゃのう…

 

 

  一杯目   月夜の冒険

 

 

 始まりの冒険は…もう飽きてしもうたにゃあ。じゃあ今日はあれと縁のある、あの村での話をしゆうか。

 

 わしら…コホン、わしが郷から飛び出した後すぐに受けた依頼で、わしは人生初の“巻物制作”を体験した。

 その依頼を報告して数日経ったある日、その時作った“正体看破の巻物”をとある村まで届けるちゅう依頼が出されてたんで、わしはその巻物制作したのと同じメンバーで集って受けることになったんじゃ。

 

 ナキ(兎)族の薬草師-ウー・ダンダンは、兎の血が濃いらしく顔が獣に近かった。そんな彼に付き添う同じくナキ族の陰陽師-紬(ツムギ)は、じゃらじゃらと魔導具をぶら下げて、異国らしい独特の着物の柄が印象に残っちょる。

 鮮やかな朱い着物で華麗に斧を振り回し、戦場を舞う我らが姉御-紫陽花(アジサイ)、そしてこのわし、アサシンの犬蔵と巫覡の龍馬。

 ……もう一人、無鉄砲な赤毛のガオシャ-赤(セキ)がいたんじゃが、あいつは…──

 

『世話になったな!俺はひらがなを習いに行く──何年、いや何十年かかっても修得してみせる!ウオオォ!』

 ──ちゅうて寺子屋に行ったな。何故かって?色々あったんじゃ、色々。

 

 で、じゃ。そんなわしらが依頼を受けて村に向かうと、深い森を抜けにゃならん。

 前の日降った雨のせいで足元もおぼつかんし、予定より時間がかかって、村にたどり着くまでに日が暮れおる。

 見上げてみても、お月さんは鬱蒼とした木々の間からしか覗かんし、鴉が数羽、不気味な声をあげて頭上を通り過ぎるばかり。万一にと持ってきた二灯のランタンだけを頼りに、わしらは暗い森を進んでいった…。

 

 わしらがやっとのこと村の看板を見つけた時、一羽の鴉がその看板に乗っていた。紫陽花がその鴉を追い払った先を見たのが、悪かったんじゃにゃあ…

『ぅ、うわああぁ!?』

 わしらはその悲鳴に驚いて、反射的に紫陽花の視線を追った。

『──ッヒ、』

 そこには千切れたヒトの四肢が転がっておった。

 

**

 

 

 

 わしは呆然と立ち尽くして、目の前のモノから目を離すことができんかった。

 

 切り口はまだ真っ赤な血を零し、鴉がつつくたびにどろりと地面を濡らしておる。

 なにより異質なのは、肌の所々に謎の粘液がぬらぬらと光っていたことじゃ。光っているちゅうんも、比喩でもなんでもなく、言葉通り妖しく“光っていた”。

 その薄い蛍光に照らされて、その場は壮絶な光景を顕著にしていた。

 

 

 

**

 

  二杯目   村の危機

 

 

 わしはガオシャでも特に鼻がいいき、普通、薄暗くともすぐそこに腐った死体があれば嫌でも気づく。そのわしが分からんゆうことは、その死体はすぐさっき死んだっちゅうことになる。

 死体の肌にまとわりついて光る粘液を木の棒でつつきながら、ウー・ダンダンが呻いていた。

 

『り、龍馬、これはまだ新しい』

 後ろをよそにわしは言った。

『…ならやっぱり、例の行方不明者なんじゃろうか。……犬蔵さん、大丈夫がか?』

『………』

 わしは血の気の失せた顔で黙りこむことで答えを返した。

 

 わしらが受けた依頼ちゅうんは、行方不明者が続出しとる村の唯一の陰陽師から来たものじゃった。その陰陽師はその行方不明事件に例の巻物が必要だと踏んだらしく、冒険者ギルドにこの依頼をしたらしい。

 

『お前たち、何者だ!』

 と、聞き知らぬ声がかかってきて、わしは思わず舌打ちをした。これは面倒なことになる、とな。

『な、な、これはキリツグか!?お前らが殺したのか!!』

 そこには数人の屈強な男衆が武器を構えていた。向こうは死体を見て錯乱しておったし、わしらも混乱しておる。一触即発の雰囲気じゃったが、そこに龍馬が一歩前に出た。

 

『待ってください、我々はただの冒険者です。この村の事件を解決するために参上致しました故、どうか落ち着いて話を聞いてください!』

 なんて。龍馬はわしに対してと、それから熱くなった時以外は流暢な標準語を話す。人ったらしでお人好し。それ以外の才能も無い癖に…。

 

 男衆は龍馬の堂々とした物言いに大分落ち着いたが、まだわしらを訝しんでいるようじゃった。

『どうだかな……とりあえず、村長の家まで連行させてもらう!話はそれからだ』

『望むところです』

 そうしてわしらは強制的に村長の家まで行くことになった。

『おい!痛いぞ、離せ!』

『うるさい!貴様らの立場を弁えろ!』

『まあまあ、紫陽花さんは女性なんですしもう少し優しく、お願いできますか』

 紫陽花は強引に腕を引っ付かんでくる男と言い合いになっていた。向こうさんもわしらもピリピリしゆう、龍馬はそのたびに場を収めていた。

 

 

 そんなこんなで村長の家までたどり着くと、眉間の皺を深くした村長が出迎えた。

『村長、キリツグの死体を発見しました。その近くにこいつらがいたんだ、犯人に決まってる!』

『待ってください!まずは話を聞いてください』

 村長はわしらと村男をじっと見くらべた。

『ふむ……セツ、彼らはこんな時期とはいえお客さんだ。手を離してやりなさい』

 その村男はセツという名前らしかった。セツは渋ったが、不承不承、手を離した。

 

『して、この村には何用に?冒険者殿』

 わしらは依頼を受けて山の向こうから来たこと、死体を偶然見つけたこと、事件には関与していないことを話した。

『そもそもわしらが来る前から人死にはあったんじゃろう?わしらはそれを聞いて赴いたゆうに、どういてその事件と関わることができるがか?』

『た、たしかに…。しかし、依頼か。私は知らなかったが、誰が出したものだ』

 それを言われてわしはぎくりとした。依頼人の名前をド忘れしてもうたからじゃ。

 

 これはまずい……そんな時でも龍馬は冷静に答えた。

『ノリシさんという方からです』

 それを聞いてほっとした。そして次からは依頼人の名前をメモしておこう、そう心に決めたわしなのであった。

 

『ああ、ノリシか……残念だが彼はもう…』

『そんな!』

 どうやら依頼人は少し前に遺体となって発見されたらしかった。もう手足しか無いが、村の墓地に埋葬されているそうじゃ。

『依頼を達成した報酬に関しては、村の代理人である私が用意しましょう。と言っても元々大した財源もなく、細々とやっていた小さな村ですので、質は期待しないで頂きたいですが……。』

 村長はそう困ったように眉を下げた。

 

『巻物は届けましたが、…では受け取り人は村長さんでよろしいですか?』

 龍馬がそんなことを言いながら巻物を懐から出そうとするもんじゃから、わしは慌てて止めた。

『待ちぃ龍馬!』

『何じゃ、犬蔵さん』

『何じゃじゃないわ、こん馬鹿者…!この巻物が何の巻物か忘れたか!』

『え、正体看破の巻物?』

 “正体を看破する”必要があるちゅうことは“何かに化けている”というこった。

 それが何に、もしくは誰に化けているのか分からない以上、顔を合わせたばかりの村長に大事な巻物を渡す訳にはいかない…。

 そのわしの考えが何となく伝わったのか、龍馬は一つ頷いて巻物を戻した。

『…いや、やめておきます。この巻物は村に必要なようですし、幸い我々はこの巻物を制作した張本人でもある。使い方も承知していますから、これは我々が預かっておくことにします』

『あぁ、それでいいが…』

 わしは村長の眉間の皺がぴくりとも深くならんのを確認してから、軽く龍馬を肩でどついた。

 

 腕をさする龍馬を無視して、わしは紫陽花に顔を向けた。

『で、これからどうするんじゃ、姉御』

 紫陽花は腰に手を当てて考えた。

『そうだなあ……この事件を解決しない限りまともな報酬も無さそうだし、乗りかかった船だ。この村で起きている連続怪死の謎を解決する!それでいいか、皆?』

 わしらはもちろん、声を揃えて賛成した。全く誰も彼もお人好しじゃのう。

『それは有り難い。この村にはもう縄が残って─』

 じゃない、

『もう一刻の猶予も残されておりません。村を見て回るのでしたら、失礼ながら監視役としてセツを傍に置きますが…』

 そう村長はセツに目配せした。

『構いません。まずは亡くなった陰陽師のノリシさんの家を捜索させて下さい』

 龍馬がそう提案して、わしらは事件解決のため動き出した。

 

 

  三杯目   村の調査

 

 

 ノリシの家に着くまでに、セツはぶっきらぼうながらこれまでの経緯をわしらに話した。

 

 最初の行方不明が出たのはおよそ一ヶ月前で、その時は神隠しかとも思われたが、数日後にバラバラになった遺体が発見され大騒ぎになったらしい。

 被害者は分かっているもので十五人、毎回一晩に一人、数日して発見される遺体にはどれも不気味に光る粘液が付着していた。

 

『光る粘液…バラバラ死体…』

 話を聞いた紫陽花がぶつぶつと呟き始めて、わしは心当たりがあるのかと聞いた。

 どうやら光る卵を死体に産みつける化け物の噂を祖母から聞いたことがあるらしい。じゃが肝心な所は思い出せず、天を仰いで唸っておった。

『もしかして、変身能力があるがか?でないとノリシが何故巻物を届けさせたか分からん』

 と言ったところで、今度はツムギ女史が

『あっ!』

 と声をあげた。

『人喰い鬼かもしれない!』

 

 ツムギ女史の博識の中に、丁度その特徴と合致する妖怪があったらしい。

 女史曰わく、その人喰い鬼は人間の体に卵を産みつけ、数日後に孵化した幼体に死肉を喰わせて殖えるそうで、人間に化ける能力と、人を魅力する能力があるらしかった。

『じゃ、村の誰かにその鬼が化けてると言うのか!?』

 セツが悲壮そうに叫んだ。頭をかきむしり、そんなことは有り得ないと小さく呟いていた。

 そんなセツを、紫陽花は難しい顔で見ていた。

 

 

 陰陽師の家はがらんとしていた。セツが扉を開けて中に案内するが、そこは最初から誰も住んでいなかったかのように何もない部屋だけが置き去りにされていた。

『遺品はほとんど処分したんだ。元々少なかったし、ノリシのこと思い出すのは辛いからって、村の皆が。』

 セツは鼻を啜って、残ったものは急あつらえの墓の近くに置いてあると零した。

『じゃあそれを見にいきたいアルよ。我々はあまりにも情報不足アル』

 わしらはダンダン氏と仲間の意見を聞いて、もう一度何もない部屋を見渡してからノリシの家をあとにした。

 その家の何もなさに、わしは密かにきな臭さを感じていた。

 

 セツの案内で立ち入った夜中の墓は、事件のことも相まって、それはそれはしょう不気味に思えた。

 どこからか低く響く鴉の声、ざわざわと揺れる木々、そして嘲笑うかのように細まった月。

 踏み出すたび、ぱきりと枝の折れる音だけが高く響いた。

『……犬蔵さん、もしかしてびびってる?』

『びびびびってなぞにゃか!な何を言う!』

『いやでも尻尾が』

『触んな!このスベタァ!』

『ごっごめん』

『そこ、いちゃつかない』

『いちゃついてないわ!』

 紫陽花の一喝にわしは龍馬の腕を離した。それにしても、むせかえるような腐臭に、わしは思わず顔をしかめた。

 

 陰陽師、ノリシの墓は急あつらえとの事もあって墓地の奥のほうで、簡素な墓石の辺りを探すと、風呂敷に包まれた弁当箱ほどの木箱が見つかった。

 その中をよく調べると、隠された紙切れを見つける。それにはこう書かれちょった…

 

[私の陰陽術を持ってしてもこの村の脅威を退けることは出来ない。もう誰を信用すればいいのか分からない……人喰い鬼は人間に擬態し、魅了の妖術で言いなりにさせ、卵を産みつけ、そして喰らう。せめてここにあの巻物があれば…

──おや、誰か来たようだ(ここでメモは途切れている)]

 

『やはり人喰い鬼だったか…!』

 紫陽花は犠牲者を救えなかったことを悔しんでいるようだった。メモを握る手が震えていた。

 わしらが感傷に浸ってた、その時。

『ぁ、ああ…』

 後ろで、がさりとセツが座り込んだ。

 そしてその視線の先には──

 ──何体もの醜い鬼が、墓を掘り返し屍肉を漁っていた。

 

 

  四杯目   汝の血は何色ぞ?

 

 

 わしらに気づいた鬼どもは牙をむいて唸り、わしらに殺意を向けてくる。

 セツは怯えて使いもんにならんようじゃったから、わしらは仕方なくセツを庇うように陣形を整えた。わしと紫陽花、ウー・ダンダンは前に出て、龍馬とツムギが後衛から支援する典型的な陣形じゃ。

 

 動揺したわしはその間に鬼に先手を取られた。鬼は思ったよりもすばしっこく、鋭い爪の切っ先を受け流しきれず、わしの肩を裂いた。

 が、わしも身を翻して刀を鬼の腕に当てる。黒い血が顔まで跳ねた。

『チィッ…』

 刃を当てた感覚だと、鬼は緑色の鱗だか肌だかが堅いように思えた。

 続く紫陽花、ウー・ダンダンにツムギも思いのほか傷を与えられず、ようやく龍馬の投げた手裏剣が鬼の身を捉える有り様じゃ。

 

『落ち着け、皆!血が出るなら倒せるはずだ!それに見た感じこいつらはまだ若い。ここで死肉を漁っていた幼体だろう。』

『そうだね、それに堅いけど突きに弱いみたいだ。犬蔵さん、刀を押し込むんじゃ!諸手突きがえいかもしれん!』

『ああ……聞こえちゅうちゃあ』

 全く、わしの相棒は──的確なご指示をなさる!

 

『覚悟せえ!』

 龍馬が投げた複数の手裏剣に戸惑った鬼は、迫るわしに気づき避けようとする。が、

『遅い!』

 刀の切っ先は鬼の肩を突き、わしはそのまま袈裟斬りを浴びせた。

『天──誅ゥ!!』

 鬼はその途端、女の悲鳴のような甲高い絶叫を挙げた。

 ……わしはその一瞬、刀から腕へと伝ってきた重い感触に既視感を覚えて呆然とした。

 

『ッ犬蔵さん、後ろ!!』

『へ、』

 刹那、鬼の爪が耳元で風を裂く音が聞こえた。

 

** 

 

 振り向くと同時に訪れる、衝撃。びりりと薄い布が破れ、背中の肉が、筋肉が抉られる感覚。真っ赤な血しぶきが鬼の爪を汚す。

 遅れて脳に届いてしまった痛覚は、灼熱の鉄板を背中の全面に押し付けたようで。全思考が遅すぎる警鐘を一斉に鳴らしていた。

 

**

 

『なんっ……じゃあッ…!』

 思えば、その鬼はわしが切り裂いた鬼の兄だったのかもしれん。──なんにせよ、怒りに満ちた鬼の顔に赤い血糊が飛ぶ光景を、わしは今でも忘れられん。

 

『犬蔵さんっ!!』

『犬蔵、早く下がれ!』

 派手な怪我を負ったわしは、仲間に庇われながら鬼の隙を突いて前衛から脱出した。

『代わりにわしが前に出る。犬蔵さんは動かんように大人しくしい!』

 龍馬の鬼気迫る態度に、わしは仲間が戦うんをただ見ていることしかできんかった。

 事実、先と同じ一撃をもう一度喰らえば、流石にやられてしまうことぐらい、自分が一番よく分かっていた。

 背中に伝う温い血がじくじくと傷を焼く感覚に消耗しながらも、ツムギの投げた渾身のチャクラムが鬼の首をスパッといくのを見届けて、わしはついに膝をついた。

『犬蔵さん!』

 黒い砂のように消えていく鬼の屍に見向きもせず、龍馬はわしの方へと駆け寄ってきた。

 

『け、犬蔵さん、心配すな、何の為にわしが巫覡やってきてると言うんじゃ、今治しちゃる、犬蔵さん死ぬんじゃなか…!』

『おいりょーま』

『犬蔵さんは黙っといて!──[アマテラスよこの者の傷を癒やし賜へ]、[アマテラスよ、この者の傷を癒やし賜へ][アマテラスよこの者の傷を癒やし賜へ]…!!

ああクソッ!夜じゃからいまいち治らん!』

『りょーま、落ち着け』

 龍馬は乱れた銀の髪をそのままに、バッと顔を上げた。

 

『これがどういて落ち着いてられるがか!犬蔵さん自分の傷見たんか!?酷いもんじゃぞ!曲がりなりにもおなごじゃちゅうのに、全く…!どういて反撃しなかったんじゃ!』

 わしは黙り込んだ。確かに、あの一瞬刀を振るって攻撃を受け流す余裕はあった。

 そうすればこんな深い傷を負うこともなかった。

 ……けれども、

『……中(にく)は同じ手応えだったんじゃ、ヒトと。』

 龍馬が息を呑む音が聞こえた。

 

 鬼の表皮こそ堅いが、それに守られているやわな筋肉は、人間とほぼ変わりはなかった。…ヒトの肉を喰うてるからかな、とわしは思う。

『だから躊躇った。同情なんぞじゃなか、ただ、……こわくて、手が、震えて。

 もう、スジの裂けてブチブチいう音も、骨の絶つ音も聞きとうない』

 

 ──ヒトを斬ったことがあるのか、か。そうじゃにゃあ……。これは、わしと龍馬が郷(さと)を出たきっかけにもなったんじゃがな?

 

 ……龍馬は郷で唯一、アマテラスを崇める家の坊主でな。そのせいで心無い言葉や悪意をぶつけられることがしばしばあった。

 …わしはそれを一番近くで聞いていたから、ある日耐えきれなくなって──ズバッと、のう。龍馬が止めてくれる余裕が無いほど落ち込んでいた、とも言う。

 幸い、相手は一命を取り留めたが、龍馬は進んで責任を共負いして、二人揃って郷を追放になった…ちゅうことじゃ。

 

 

  五杯目   解決策

 

 

 ああ、話が逸れてしもうたな。こないな時何ちゅうがか……そうじゃ、閑話休題

 

 墓で若い鬼をやっつけたところじゃったよな……わしが負った怪我を慌てて治した龍馬じゃったが、その直後にウー・ダンダンが呆れたような目でわしらにこう言った。

『…いや戦闘中じゃないアルし、そんな魔力を使わなくてもワタシの調合した薬草使ってくれれば治りも良かったアルのに……』

『あ』

 ……わしらは揃って氏が薬草師ちゅうんことを忘れておったんじゃ。ただの間抜けとしか言いようがあらん…w

『ばあたれ龍馬、いざちゅう時魔力切れになったらどうすんじゃ』

『いやまあ……うん…焦ってたし…?次からは気をつけゆうよ…』

 龍馬はそうバツが悪そうに頭を掻いた。

 

『とにかく』

 全員が落ち着いてから紫陽花が立ち上がった。

『敵の正体は掴んだ。そしてそれをどうにかするための鍵は、既に我々の手の中にある!』

 紫陽花はそう言って龍馬を指差した。

『わし?』

『巻物じゃあほ』

『あ、そっか』

 

 ウー・ダンダンがコホンと咳払いして後を継ぐ。

『確かに。件の人喰い鬼とやらは十中八九、村人の誰かに化けているはずアルよ。問題は誰に的を絞るか、アルが……』

 わしらは考え込んだ。残った村人は10人、そのうち何体かの鬼に確実に術を浴びせるにはどうしたらいいのか……。

 

『…そうだ!』

 紫陽花がぽんと手を叩く。

『村ごと結界張っちゃえばいいんだ!』

『──はあぁ!?』

 わしらは驚愕に声を揃えた。

『それじゃ、紫陽花さん!術の効果がかかる結界の範囲に制限はなか、天才か!』

 龍馬はよほど興奮したのか、普段他人に使わん地訛りが零れちょった。

 

『そうは言っても儀式に必要な材料があるの…?』

 ツムギ女史が尋ねる。すると、ウー・ダンダンが墓に佇む樹の幹を叩き、

『この樹に巻きついている蔦こそが例の[よみとつた]アル。どうやらこの山はあの森と生態系はあまり変わらないアルよ』

 と胸を張った 。生態系だのわしはちんぷんかんぷんじゃった。

 

 わしは同じく首を傾げているセツに近寄った。

『のうセツにいやん、このあたりで水辺はあるかえ』

『み、水辺?まあ、あるが』

 わしらはセツに、村の近くにあるという小さな池に案内された。池の中には錦鯉が小さく波をたてていた。

 そのほとりには見知った赤い華─[ひとくびき]が咲いちょって、わしらはそれを丁重に四輪摘んだ。

 

 それで、[正体看破]の儀式の材料は揃った。

 

 

   六杯目   人斬り

 

 

 わしらは一度、 儀式の許可を得に村長の家へ戻った。村長がセツから一連の事情を聞かされていると、いつの間にか噂を聞きつけ野次馬に来た村人たちが集まって来てしもうていた。

 

 わしの鋭敏な嗅覚で鬼の匂いを追うにも、人が集まりすぎていた。それでも確かに色濃く漂ってくるヒトならざる気配に、わしは仲間の傍を離れることができんかった…。

『よろしいでしょう。儀式を許可します』

 やっと村長がそう告げて、わしらは準備に取りかかった。

 巻物を広げて確認すると、儀式にはまず結界の四隅に[よみとつた]と[ひとくびき]、それから術専用のおふだを設置し、更に結界の中央に魔法陣を描かなければならなかった。

『お札…は、これだね』

 龍馬は、巻物と同時に作った札を取り出す。

 

『じゃあ二班に分かれようか、設置班と魔法陣班。

 僕はひとくびきの魔力活性化用呪文を覚えているから、設置班が妥当だと思うけど』

 と龍馬。わしは龍馬と同じグループを志望した。

『じゃあ…一カ所に留まる魔法陣班の方が危険だし、人数比は2-3のこの配置でいいかな?』

 残りの衆もそれに同意して、わしと龍馬は蔦、華、札、それからランタンを一灯持って魔法陣班に別れを告げた。

 

『……もう震えてないんやの、犬蔵さん』

 わしはそう言ってからかう龍馬に、くらがりで歯をむいて小さく唸る。

『そない怖いんか?〈あれ〉が…いや、』

 隣を歩く龍馬からふわりと香る、お日さまのような匂いは、村長の家から遠く離れても漂う鬼の気配を紛らわせてくれていた。

『──あれを〈斬る〉のが、か』

 龍馬がそう低く呟いて、わしはこくりと頷いた。

 

『…わしの中で誰かが叫ぶんじゃ……ヒトを斬れ、と。

 〈人斬り〉だなんて、恐ろしい響きちや。でもわしも片足突っ込んじょる。…わしがおなごで良かったと思える唯一ぜよ──腕の力が男より弱いき、一線を踏み越えんかったんは……。』

 ため息をつくわしの頭を、龍馬はぽんぽんと撫でる。わしは胸がむず痒くて、そっぽを向いた。

『大丈夫やき。犬蔵さんは優しい女の子じゃ。鬼を斬ってもヒトは斬らん。斬りたくないと思うなら、斬らなければえい話。そうじゃろう?』

 煮え切らない返事で返すと、龍馬は続ける。

 

『それに、隣にはわしがおる。犬蔵さんが間違いを犯しそうになったら、わしが死んでも止めちゃるき』……

 ──わしは龍馬のそんな笑顔を失いたくないきに、死なんといてと言おうとしたのに、俯いて涙を零すことしかできんかった……っ、

 

 

  七杯目   闇に光る幻想の華

 

 

 りょうま、…りょーま。おまんがいないと、わしは──。グス、…すまんのお…

 ……どうも、酒を呑むと湿気ってしもうていかんのう…泣き上戸やよう言われるき。

 

 …ほんで、結界な。さっき言ったとおり、龍馬は華の魔力活性化呪文を覚えちゅう。巻物に書かれていた通りにまずひとくびきを土にねじ込むことから始めるが、わしはそれにも手間取って結局龍馬に助けてもろうた。

 差した華の周りを蔦でぐるりと囲い、更に札を輪にくぐらせる。それから龍馬が呪文を唱えて数秒。

 わしがひとつ瞬きをする間に、華はぽっと光り出した。

『おお…』

 とわしは声を漏らした。

『…綺麗じゃのお』

 龍馬も感嘆したようにそう呟いた。華の光は辺りを包み込むように優しく照らしゆうき、あの華が魔術の儀式に使われるのも納得いく。

 その神秘的な明かりに、わしは生き返る心地がした。

 ──ああそれと、途中でよみとつたの数が合わんくなったのには参ったのう。きちんと4つずつ準備したのじゃが、どこかに落としたことに気づいた時は焦った。

 多分呪文の準備している時に置き忘れたと踏んで、龍馬と一緒に来た道を戻る羽目になった。…まあ、わしのポカじゃがな。

 

 4つ全てのひとくびきを村の四隅で光らせたのを確認して、わしらは魔法陣班とやっと合流した。

 魔法陣も魔法陣で、ツムギ女史が神妙な面持ちで指先から白い線を描いちょる姿は神々しくも思えた。

『をお…?なにしゆうがか』

 隣のウー・ダンダンにこそっと耳打ちで訊くと、どうやら指先に魔力を集中させて魔法陣を描いているらしかった。わしらが静かに見守っている間に、ツムギ女史は最後の文字を書き終わった。

『…できた。』

 そして彼女はほうと息をついて、得意げに微笑んだ。

 

『後は呪文を唱えるだけ、だ』

 紫陽花は巻物をランタンの明かりにかざして、龍馬に手渡した。龍馬はひとつ頷いて魔法陣の前に立つ。

『準備はえいか、みんな』

 そう龍馬は仲間を見回す。そして、儀式は始まった。

 

『正体看破の巻物よ、秘められし魔力を解放せよ──!』

 龍馬は巻物の呪文を唱え始める。

 魔法陣は白い光の眩しさを増し、見物に来た村人たち総勢の青白い顔を照らしていた。

 魔法陣の光がいよいよ炎のように夜を燃やすというところだった。その魔法を完全に発動するために、龍馬は最後に、巻物をびりりと破り裂いた──!

 

 

  八杯目   激闘

 

 

 その瞬間、爆発が起きたかのようにまばゆい光が辺りを飲み込み、風が吹き荒れた。それが収まると──村人たちの人ごみの中に、鬼が混じりおった。

『っ、わあぁっ!?』

 村人たちは蜘蛛の子を散らすように鬼から距離をとって逃げ去り、離れたところで様子を窺いゆう。わしらは刀を抜き、墓で相まみえたものよりも大柄の鬼たちに構えた!

 

『─〈ちぃっ、畜猿どもめが〉』

 その焼けたように枯れた声の主は、鬼どもが守るように囲んだ中の一際大柄な鬼だった。顔の半分が仮面のような角で覆われ、耳まで裂けた恐ろしげな口元が覗く。

『喋った!?』

 と戸惑うわしらを鼻で嗤い、

『〈能のないやつらだ。まさか貴様ら如きに我ら魔族の妖を破られるとは──気に入らん!〉』

 

 その鬼──鬼頭とでも呼べばええか──が長い爪の腕を横に振ると、鬼は統率の取れた動きをして散らばった。また鬼頭が何か指示を出すと、鬼たちは無防備なツムギに襲いかかる。が、

『──おっと、行かせないアルよ』

 とウー氏が割って入った。鬼の一撃を盾で受け止めたウー氏は、肉薄した距離のまま屈強な脚で鬼の腹に渾身の蹴りを浴びせた──その衝撃に体制を崩した鬼の首を、すかさずツムギのチャクラムが刈る。その連携に、わしはひゅう、と声を漏らした。

『そらよっと!』

 続く紫陽花は斧の角で殴るように斬り、黒い血の華を咲かせちゅう。

 

 墓で相対した鬼よりも堅いが、対処を心得たわしらは優勢に思えた。

『犬蔵さん!』

 龍馬の焦ったような声に振り向くと、鬼は龍馬の投げた手裏剣をかいくぐり、目前に迫ってきゆうところじゃった。

『ちっ、』

 わしは咄嗟に刀を振るが、墓で斬り捨てた鬼の手応えが忘れられず辛うじて鬼の爪を受けるしかできんかった。

『どうして反撃しないアルか犬蔵!』

 そうダンダンの叱責が飛ぶも、わしは怖じ気づくままじゃった。

『無理じゃ……、わしには、できん…っ!』

『犬蔵さん……』

 

 仲間が鬼をあらかた片付けてから、総員で要の鬼頭に取りかかる。わしらは、その時初めて奴がげに強いことに気がついた。

 ダンダンの盾は押し切られ、紫陽花の斧は空を切り、ツムギのチャクラムはパンケーキ──西方の武術らしい。仰け反ってかわす技の名前だそうだ──された。

 流石鬼の頭と言えるそんな身のこなしに、わしらは段々と消耗していった。

 と、その時。

『─ウオオォォ!!』

 覇気の纏った声と同時に、下っ端の鬼が吹っ飛んだ。

『〈なにッ!?〉』

 吹き飛んだ鬼は土煙をあげ、鬼頭を巻き込み衝突した。

 その強烈な一撃の主は、猪のように鼻息荒く斧を握った村男──セツだった。

『セツ……お前…。』

『喰われた仲間の仇!薪割りで鍛えたこの一撃……どうだっ!!』

 セツは鋭い視線で土煙の先を睨んでいる。その場にいる全員が見守る緊張の中、晴れてゆく土埃から覗く影は──

『……そんな、』

 ──まだ芯を揺るがず立っていた。

 

 

  九杯目   明未空

 

 

『〈ククク……ぬるい、ぬるいわ!〉』

 鬼頭は空に消えゆく仲間の灰を、じゃりりと踏みつけた。

『まだ、倒れない…だと…!』

 鬼頭は絶望めいてそう呟いたセツに顔を向ける。その途端、セツはがくりと膝を折った。

『セツ!』

『〈全く。他の有象無象のように大人しく黙っていればいいものを……そこで転がっているがよい〉』

『まさか、“人喰い鬼の魅了”っ!?』

 ツムギの言葉に、鬼頭は不敵に口端を歪める。

『〈御名答。この村には頭の空っぽな愚民が多かった故、楽だったね。

 例えば、そこの──〉』

 鬼の流し目を受けた、

『〈──仔狗なんて丁度良い。〉』

 

 わしは鬼頭の目に囚われた。猫のように細い瞳孔は夜闇のように妖しげに煌めき、二対の硝子玉のようなそれに、わしはぴくりとも動けんかった。

 視界の端で龍馬の手裏剣が光った。確かあれが最後の一つだったはず─と、靄のかかった頭のどこかで思う。

 しかしそれは呆気なく爪に弾かれた。

『〈フン…未熟な女を盾にし、自分は安全な場所から鉄片を投げつけるだけの巫覡、か。神の御使いが大層な御身分だことで……

 おお、可哀想な仔狗め、我が傘下に下ればあんな猿よりも有用に使ってやろうではないか。どうだ?〉』

 ──わしは、自分の足がふらふらと鬼頭に向かって行くのを止められんかった──

『犬蔵っ、気をしっかり持て!』

『……犬蔵、さん……』

 鬼頭が手のひらを差し出す。

『……お、ま……ん』

『〈何ぞ?仔狗〉』

 

『──おまん、リョーマを──笑うたか』

 

 がら空きの胴に斬り抜いて、一閃。振り切った頭上から切り返して左肩からもう一太刀。左脇に斬り抜けて、背中から刀を貫く。

『誰にも、リョーマを、笑わせんぞ……』

 串刺しにしたままの刀を、左腕を支点にして肋骨に切りこむ。ごりごり、ぶちぶち、その感触が腕の骨から脳天に響く。

『死に──さらせええええぇぇ!!!』

 更に力を込めると、刀が重い付加から一気に解放された。

 

 黒い血潮が雨のように降り注ぐ音を聞きながら、わしは、山の際から明けゆく紫の空を眺めていた。

 

 

  十杯目   新しい今日

 

 

『犬蔵さんっ!』

 真っ先に走り寄ってくる龍馬の声に、わしは気を取り戻した。

『……犬蔵さん…?どういて──、』

『?リョーマ、どういた』

 龍馬はどっか引っかかる顔で首を振った。

『──いや、なんちゃあない。それよりも凄かったぜよ、最後のあの連撃!』

『そうだ、見直したぞ犬蔵!よくやった!よーしよしよーしよし!』

 なんて紫陽花が頭を乱暴に撫でゆうもんじゃから、わしはあっというまに仲間に囲まれ、もみくちゃになってしもうた。

 

『いやはや、冒険者様方にはなんとお礼を言ったらよいのか…。』

 その後鬼の魅了も解け、正気を取り戻しゆう村人たちと村長から、口々に感謝の意を伝えられた。

『あなた方は村の恩人です。今日は私の家に招き、村総出でもてなしましょう──しかし、いやお恥ずかしい。今の我々には報酬と呼べるものがそれぐらいしかないのです。村名産の芋料理ぐらいしか……。』

『さっ、酒は?酒も無いのか!?』

 紫陽花は村長に詰め寄るが、村長は変わらず困ったような顔で脂汗を流しちゅう。

『申し訳ありませんが…。』

『そんな……』

 がっくりと肩を落とした紫陽花だったが、そんな彼女に歩み寄る影があった。

 

『姉ちゃん、うちなら芋焼酎があるが』

『本当かっ!』

 紫陽花が、その名の花の如く萎れた顔を上げるとそこには、セツが太陽のような笑顔を浮かべていた。

『おうともよ!俺の父ちゃんが酒蔵やってたんだ。姉ちゃんになら秘蔵の焼酎、引っ張り出してやるよ』

『セツ…お前いいやつだな!!!!』

 紫陽花はガバッとセツの肩を抱き、上機嫌で歩き出す。

『…じゃ、わしらも行こか。犬蔵さん』

『そうじゃな。紫陽花はんがまた飲み過ぎんように、今日こそ見張っときゃならんしの』

 

 朝日に照らされた紫陽花とセツの背中を追って、わしらは新しい今日へと歩き出した──。

 

 

 

──ちゅうのが、その村での冒険の顛末じゃ。

 さあ、話も終わったし店じまいじゃ。帰った帰った。

…なにしゆうがか?…ど、どこ触っ…ちゅう!やめ、離せ…!

畜生、最初からこれが目的…で、酒を!

ひっ…!わしの、刀、返せ、

 

やめ、──い、嫌じゃ、嫌じゃ!!ッ助け、助けとおせ誰か…助け、──りょおま──っ!!!!

 

「…そこで何してるの」

!りょおま!助けとおせ、こいつが無理やり、

「また調子に乗って奢られるまま呷ったんでしょう……だから言ったのに!」

っすまんかった、わしが悪かった!

りょおま、冒険を思い出しながら気づいた、おまんがいないとわしはてんで駄目で!こない事になっちゅうんもわしの性根のせいじゃ……すまんかった、龍馬……

「……君、犬蔵さんの話聞いてたんでしょ?そういう訳だから君の出る幕は無いよ」

…送ろうとしてただけ、じゃと!この期に及んでまだそないな事ほざいちゅうがか貴様は!

「…ふうん、そうなんだね」

龍馬?こいつの言うこと信じ、

「そうだとしても、」

………龍馬ぁ…殺すなよ…?

 

「──狼なら、間に合っちゅうけえのぉ」

 

………はええ…

「……全く。やれやれ、犬蔵さん無事かえ?」

…まあ、ギリギリのう

「遅くなってすまんの、じゃがもうこないな事無いように。あんな台詞言わせて、照れくさいぜよ」

おーおー、すまんのー。…ドス声も様になっちゅうくせに…

「何か言ったがかぁ?」

なあんにも…あー、飲みすぎた…

「おぶる?」

や、肩貸してくれゆうだけでえい…

「はぁ……」

 

……のう、龍馬

「なんじゃ?」

あの時……人喰い鬼の村で、最後の鬼をわしが斬り殺した時……黒い血潮浴びちゅう時、…何て言うつもりだったがか?

「………」

りょーま?

「……さあ。そない前のこと、覚えちょらんぜよ」

そう、じゃよな!すまんの、変なこと聞いて

「えいえい。…そろそろ日が明けるぜよ」

おー、ほんまじゃ。随分と語りゆうなあ…

あの村を救った朝も、確かこない空をしちょった。わしは暁の空が一番好みじゃけえ。

「わしは夕暮れかのう。似たようで違う空じゃの」

そうじゃにゃあ……

 

「……本当は、忘れてなぞ……」

ん、何か言うたがか

「何も?」

さいですか……。

 

 

──(……犬蔵さん、どういて──、

 

──笑っちゅうがか)

 

 

 

回想:夜の章~月夜の冒険~

 

   ーーーー完ーーーー

 

Special Thanks

 

LARP普及団体CLOSS様

昭和の森

冒険の素晴らしい仲間たち

魅力的なNPCたち

etc...

 

マテリアル──始末犬蔵の過去


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※ストーリーの都合上ボツになってしまった犬蔵の独白を引っ張ってきました。

 

[…千年に一度の剣の天才でも、

闇夜に恐れられる人斬りでも、

はたまた龍を打ち倒す偉大な英雄でもなく

─その実彼女は、

ただの純真な田舎娘であった]

 

 

 ──その頃わしはまだ成人もしておらんかった。昔から同じ剣道場に通っていた幼なじみの龍馬はいくつも年上じゃったから、まるで兄貴分のような存在じゃった。

 …龍馬の家は、集落で唯一アマテラス神を信仰している神社でな。ほら、それにわしらガオシャは月の民じゃろう?じゃから色々言われることも多かった。

 

 …その日は、朝から剣道場での稽古があった。龍馬は練習試合で、何度先生に注意されても龍馬をコケにする嫌みな坊主にあたってしもうた。

 日頃の恨みを全力でぶつけ……たかは知らんが、そいつは龍馬にこてんぱんにされた。

 

 ──くそったれ、とあいつは最初に吐き出した。それからは、罵詈雑言が雪崩のように奴の口から溢れ出た。思い出したくもないが…その殆どは周りの大人が日頃密やかに囁くもので、やけに現実味を帯びていた。

 そしてあいつは、見かねた先生に止められる最後にこう言った。『お前のような出来損ないは周りの人間を不幸にするだけだ』とな。

 それを聞いた龍馬は一瞬、喉を詰まらせた。そして沈黙の後に一言、『…いぬり(帰り)ます』といながら去っていった。

『待ちいりょーま、』

 とわしは止めたが、泣きそうになりながら怒ったように振り向かれては、その腕を手放すことしかできんかった。

 それが、龍馬が初めて早帰りした日でもあった。

 

 わしは家に帰ってからも、龍馬の悲痛な顔を思い出してずっと腸(はらわた)が煮えくり返ったままじゃった。龍馬に初めて拒絶させられたことも、わしの正気を鈍らせるのに十分な衝撃だったき。

 ……それからのことは、あまり覚えちょらん。

ただ、“武士の矜持”と銘打って、龍馬の敵討ちすることが、そん時のわしにとって最大の[正義]じゃった。

 わしは父の真剣を持ち出した。ずっしりと重たいそれが竹刀袋にぴたりと収まった時、わしはぞくりと感動を覚えた。

 

 不気味なほど人気のない夕暮れに、奴を橋の上に見つけた。だが、まだだ。

 わしは後ろから声をかけた。

『いぬるんじゃなか』

 奴は言った。

『ちいと話があって』

 と、わしは返した。

 わしは朝の言葉の訂正と、龍馬への謝罪を持ちかけた。だが奴は渋った。それどころか、わしに龍馬と縁を切るように言ってきたんじゃ。

『──わしの幸せはわしが決める。おまんなんぞの汚らしい手に触れさせもしとうないわ!』

 そう言い放った時、もうわしの心は決まっておった。猿のようにうげはじめる奴を無視して、わしが背負った竹刀袋からスラリと鋼の刃を光らせた時、奴はようやく顔色を変えた。

『じ…冗談よな…?』

 

 奴は震えてそう言った。

『そう思うなら受けてみい』

 わしはそして、剣を振りかぶった。

 ……そこにあったのは、胸の内で燃えたぎる怒りでも、暮れゆく夕日に照らされた奴の恐怖に引きつる顔でもなかった。

 

 極限の集中。殺人の本能。背中を向けて逃げようとする獲物の背中に踏み込んで、一閃。

 

その静けさの中で、腕にかかる重みだけが残る。

 その時、わしは確かに──嗤っていた。

 

 …そのあと、わしはどこをどう走ったのか、夜闇に紛れて龍馬の家に転がり込んだ。

『りょおま、』

 傷心の龍馬は血みどろのわしを見ると酷く驚いて、それから、困ったように微笑んだんじゃ。

 わしはそんな龍馬にかきついて、泣き喚くことしかできんかった。

 

 翌朝わしは龍馬に引きずられて、 いの一番にお上(かみ)に申し訳を立てにいった。

 幸いなことに相手は一命を取り留めたそうで、わしは頭を伏せながら静かに息をついた。

『大殿さま』

 声を出すのも怯えるわしに、龍馬が代わって背を伸ばす。

『犬蔵は、確かに大変な罪を犯しました。しかしそれは、何の理由なしに疎まれ虐められていたわしを思ってこその行動。その誠意に、わしは武士の吟持すら感じました。

 ──わしも今度の責任を負います。ですので、刑罰はせめて追放を…。』

『ほう?追放、とな』

 わしは二人の視線が怖くて、それでも頭を上げることが出来なかった。

『はい。犬蔵も儂も、世の中のことはまったく知らぬ未熟なる身。故に、見て参ろうと思います。このアズマの国々を。どんな国があるのか、どんな人々がおるのか…この両の目でしっかりと。

 ──そしてそれを大殿さまにお伝えすることが、わしらにできる最大の罪滅ぼしになると思うております…。』

 隣で、龍馬の銀髪がさらりと畳に落ちる音がする。大殿様がわしと龍馬の背中をじろじろと見比べる視線が痛くて、息がうまく吸えんかった。

 

『……成る程』

 たっぷりの沈黙のあと、大殿様はため息混じりにそう口を開いた。

『本当は天道神を崇める家に情を挟むことはしないのだがな』

 大殿様は苦々しげといった声色で続ける。

『明未空、貴様には落馬の怪我を迅速に治して貰うたという借りがある。わしとてそれを返さんほど落ちぶれてはおらん……

 ──良いだろう、そいつを連れて勝手に何処へでも行くがよい。貴様はこの地に相応しくない──明未空 龍馬、及び始末 犬蔵を追放の刑に処す。疾く立ち去れ。』

『ッ、ありがとう、ございます……!』

『──ははぁ…っ…』

 わしはまだ昨夜の衝撃から回復できておらんかったから、そう龍馬に続いてまた深く頭を下げる事しかできんかった。

 

 

 …そうして、わしはここにいる。

 世界を知るにゃあまだまだじゃが、今までの旅の中で、郷の色しか知らんかったわしの前に、既に色とりどりの個性や文化が広がりおる。この極彩色に龍馬が憧れた理由がようやく分かって来たところで…。

 …ハァ……それなのに、わしは…龍馬は…小さいことで争っちょったんかなあ……

 

和風チュートリアルLARPリプレイ小説

 

    
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※以下の注意をよくお読み下さい

 

・うろ覚えのため台詞や行動が正確ではない(アレンジ)

 

・なんちゃって土佐弁。舞台となるアズマは本物の日本ではありませんよ!

 

・ストーリー展開以外の細かい時系列の入れ替え

 

・犬蔵の独断と偏見によるフレーバーとしてのキャラ解釈&拡大表記

 

等が混じっていますワンぜよ

 

 

 

  ーーーーそれでは、開幕ーーーー

 

 

 

 
[───それはどこかにあったかもしれない異世界の、とある物語──]

 

 

 

──今日は酒を呑むにゃぁえい日ぜよ。

まあんまるのお月さんがよう見えゆう。虫の音も心地がえいし…。…のう龍馬ぁ。

「そうじゃのう…おや、こんばんは?」

……ん?なんじゃおまん、何か用がか?

「犬蔵さん、どうやらこの人はわしらの冒険の話を聞きたがっちゅうらしいぜよ」

冒険話じゃと?あほくさ、こない訛りのきつい、しかもガオシャの吟遊詩人がどこにおるかや。からかいたいだけなら他をあたりぃ。

 

「まあそう言わずに。悪い人じゃなさそうじゃき」

……龍馬がそこまで言うなら仕方がなか。

今日は気分もえいきに、特別に酒の肴にでも語っちゅうか。但し報酬はたんまり弾んで──いや、奢りの酒で勘弁しちゃる。

「あんまり飲み過ぎないようにの」

 わかっちょるよ…。…何、わしらぁは兄妹かて?勘違いすな、ただの幼なじみじゃ。

 

 

  一杯目   冒険者たちと霧の森

 

 

……そうじゃにゃあ…わしは頭が悪いき、気の利いた言い回しはできんが、どれ、始まりの冒険の話でもするかい。

 あれは…こじゃんと咲いた梅の花の香が空に籠もるような、煮え切らんある春の日じゃった。

郷から出たばかりのわしらは金に困るといけん思うて、近くの町で依頼を受けた。

 その依頼っちゅうのが、

“森の奥深くに住む高名な陰陽師・セイメイさまから巻物を譲り受けて来い”

との話じゃったが、これがまた厄介でなあ?

 

 とにかくわしらは他に四人の仲間を募って、早速そのセイメイとかいうのの住む森に足を踏み入れた──ろくな下調べもせずにじゃ。

 初心者用の依頼とは言えあれはまずった。森は広いわ、途中で濃い霧も出始めるわ、迷うのは当然のこと……いや、目的の場所にはたどり着いたから、迷ってはいなかったんかな?

 しかし同じところをぐるぐる回っているようなあの心地は、気味が悪かったのう…

『なー、まだ着かないのか?』

『道は合ってるはず…なんだが』

『なんだか同じところをぐるぐる回っているだけのような気がするアルヨ〜』

 っちゅう具合にのう。

 

 で、そんなこんなでわしら六人衆がああだこうだ言いながら、めとろな霧の中を進むこと半刻ばかし。険しい坂を抜けた時のことじゃ。

 道の先が開けていた。そこには一本続く道と、たった一つだけ看板が立っていたんじゃ。近寄ると何やら文字が書いてある……。

「でも犬蔵さんは文字が読めんきに、代わりに読んでもろたんじゃよね」

 へいへい、無学で悪う御座いましたね。ほんで、その看板が記すには『セイメイに会いたくば、三つの試練を乗り越え“よみとつた”と“ひとくびき”を持参せよ』とのこと。勿論わしには何のことだかさっぱりじゃった。

 

 しかし、ここで我らが薬草師、ウー・ダンダン氏の出番じゃ。

わしらと一緒になった輩は揃いも揃って個性派集いじゃったが、まずは彼のことを紹介するべきじゃろう。

 あんさんは大陸の果ての方から来た獣人らしい。長い耳とつぶらな瞳…兎の獣人ナキ族ちや。一緒にいた妖術師の……

「ツムギさんぜよ」

そうじゃ、ツムギ女史と灰色の毛並みがお揃いじゃったのう。

 奴は薬草のことについてはめっぽう強くて、それと両腕に装備しちょった丸い盾、シールドトンファーとかいうあの武器も随分と達者じゃった。共にいるツムギを守るためじゃとか言ってたかのう。

 ツムギの方も、よう洗練されたような、繊細で鮮やかな妖術がげに綺麗じゃった。博学じゃしの。看板の字を読めたのも彼女じゃったんと違うか。まあ専ら刃輪──チャクラムだったか、のけったいな武器しか使っちょらんかったがな。

 

 ほんで奴が言うには、“よみとつた”は死者の近くに生える蔦で、“ひとくびき”は水辺に咲く赤い花らしかった。

 そげなもん腐るほどあるじゃろと思うたが、どうやらそうでもないらしい。まずそれを探すところから始めにゃあならんと分かって、その時初めて仲間全員の考えが一致した──この依頼は一筋縄じゃあいかん──とな。

 

 

  二杯目   陰陽師の試練と疑心

 

 

 霧はますます濃くなってきおうた。じゃが、どうも道に沿って薄いような気がして、わしは勘づいた。こん霧は森の奥に住むセイメイの野郎がかけゆう妖術なんじゃなかろうか、とな。これじゃから妖術の学者やら研究者やらの考えちゅうことは分からんちや。

 全部が全部奴の立てた筋書きなんは気に食わんかったが、奴を一度張っ倒すにはまずその顔を拝まにゃあならん思うて、わしらは渋々進むことにした。

「そう思ってたのは犬蔵さんだけや思うんけんどなあ…」

 あやかしい。

 

 ほんでそこからそう歩かないところにまた開いた場所があって、真ん中にまた看板が立っちゅう。そこには古いもんじゃが僅かに血の匂いがしたんで、嫌な予感がした……。

「え、犬蔵さんそこまで気づいてたん?」

 今思えばっちゅう話じゃ。わしは周りを警戒しながら先の仲間が看板を詠む声を聞いていた…

『この場所で行う[力の試練]に打ち勝て』

…そしてそれが終わったと同時に、いきなり三体の白い鬼が霧の中から襲いかかってきた!わしらはまんまと囲まれ、戦うほかぁなかった。

 

『──ヒャッハー獲物だあー!!!』

 そんな嬉々とした声を挙げてぼっこに鬼に斬りかかっていったのは戦士の赤(セキ)ちゅう女じゃった。流石のわしもそれには唖然としたが……戦士ちゅうのは皆んなあないな奴ばかりなんか?

 セキはわしらと同じ狼犬獣人のガオシャ族で、血のような赤毛の耳が印象的じゃった。敵に向かっていく時のまあにっこにこした晴れやかな笑顔ときたら!盾で押し切り、刀で一刀両断する…惚れ惚れするよな狂戦士っぷりじゃったな!

 

 そんなセキの様子を見てわしらも鬼に立ち向かった。ある者は斧で、ある者は盾拐で、またある者は刃輪で。ツムギ女史ときたら大人しそうに見えてその実、呪文を紡ぐよりも早く車輪大のチャクラムを振ん回して鋭く投げつけるもんじゃから、思わず喉がひくと鳴ったね。

 わしと龍馬は刀を振るが、龍馬はどこから仕入れてくるのか、手裏剣まで忍ばせちょる。頼りになる巫覡さまじゃあ…。

 

「……ツクヨミ?ああ、ちゃうんじゃ。わしの家はアマテラス様を祀っとるんじゃが、どうにも肩身が狭くてのう。…なんちゃあない。祈祷術で犬蔵さんの戦傷を癒すことができるき、有難いことじゃ」

 かすり傷程度でおっこうなんじゃ。まあえい、いつもお世話になっちゅうのは事実じゃ。

 ほんで、龍馬が正面で敵を引きつけている間にわしはすっと背後に回って闇討ち!えいアシストじゃったの、龍馬。

「ん?うん……んー……。……まあ、そういうことでえいか……」

 えいもなにもそういうことじゃろうが。

 とまあ、わしらの活躍もあって見事鬼をやっつけた。瞬きをする間にその骸が煙のように消えてしもうたのが残念じゃ。それもどうせその陰陽師センセイの召喚した式鬼かなんかじゃろうて。

 

 ほんで、敵もいなくなったから改めて辺りを見まわすとな、古い大木の根元に屍がごろりと転がっちょった。返事もないただの屍じゃが、その木に巻きつく蔦を見てダンダン氏がひとつ。

『これが例の“よみとつた”のようでアルヨ』

 わしらは哀れな屍に手を合わせてから、それを貰うてやっと一つ目の課題を達成したっちゅうわけじゃ。

 

 

 三杯目  永劫の霧に朱き華は咲く

 

 

 しっかし、おまんも聞いててよう飽きないもんじゃな。……ふふん、そりゃあよかった。わしも話すのが楽しくなってきゆうがや。あいわかった、続きを話すとしよか。

 

 わしらは少しでも霧の薄い方にと進んでいった。するとまた看板がある。

『迷いの試練──皆で心を合わせ霧から抜け出せ』

 すると突然あらがいようのない眩暈が襲ってきて、気がついたら──怪しげな魔法陣の上に立っていたんじゃ。

 

 わしらは一瞬何が起きたのか分からなかった。じゃがこれが迷いの試練だとすると、一筋縄ではいかんのは承知の上。

 霧は遂に白い壁のように四方に立ちはだかり、地面の魔方陣の模様に合わせて五つの切れ目があるばかり。 

兎にも角にも立ち止まっちゃあどうにもならんと、わしらは全員で一つの切れ目に入っていった。

 じゃが駄目だった。真っ直ぐ進んで行ったはずが、そう歩かんうちに元の魔法陣の上に戻ってきてしもうた。

『どうするアルか〜?私たち何か見逃してたりは無いアルよね?』

『うーーむ………』

 と悩んでおった時じゃ。

 

『──何か、どこかに抜けられる道は絶対にあるはずだよ。皆はここで見ていてくれ。私とセキが虱潰しに入って行って、戻って来なかった方がきっと正解だ』

 そう提案したのが、六人衆の姉御さまだった紫陽花殿だった。いつも名前よろしく華やかなおべべで明るく振舞っているが、いざっちゅう時に華奢な図体でごつい斧を振り回す姿は圧巻じゃったな。

 あの身体のどこにそんな力があるのかと問うたら、『若人や、酒は全ての原動力(ガソリン)なのだよ!!』だなんて言って、かんらかんらと笑っておうた。

 

『それじゃよろしくー!』

『お、おん…』

 紫陽花とセキがそれぞれ別れて霧の間に入っていく時に、なんだか先より進むほうの霧が濃くなっていたように見えたのは、気のせいじゃないとは思う。

 しかし少しばかり待った後、案の定同じ道から人影が現れて……

『シャオラ!かかってこいや…ぁ…?……あれ?』

『セキはんに紫陽花はん、お帰りなさんませ』

 紫陽花の妙案虚しく、道を見つけることは叶わんかった。わしらは先に進めんどころか帰れるかも怪しいことに不安になって、話し合って皆で帰ろう、ということになった。

『来た道ならこっちアルよ。足跡がこっちから来てるアル』

『でかしたウー・ダンダン!』

 

 残った一つの道に勇み足で進んだ時じゃ。わしは、いや皆んなも感じておったかな、どうやら今までの妙な気配が和らいで元に戻っていくような心地がした。

 やっと帰れる……そう思うたのに、何故かそこは来たのとは別の道だったんじゃ……。

『……あれ?もしかして先に進んだアルか?』

 

 

 なしてそれで抜けられたんかは今でも分からんが…どうせろくでもない仕組みにかぁらん。まあ?あのセイメイせんせえのことですから?《仲間全員で心を通わせ、真実の道だと確信したその先が正解だ!》だなんていうよな大層ご立派なものなんでしょうねえ。

「言うねえ、犬蔵さん…一応あの人偉いお方じゃからね?忘れんでね?まあ、あこはわしもよう分からんかったき、気持ちはわからんでもないが…。」

 龍馬はげにお人好しじゃのお。……話を戻すぞ。

 

『んーーー…。まあいい!何にせよこれで依頼の達成に一歩近づいたんだ、素直に喜ぼうじゃあないか!』

 ちゅう紫陽花の掛け声を期に、わしらは残った課題の“ひとくびき”を手に入れるべく霧の中を歩き始めた。

 わしは元々鼻と耳がえいき、それを頼りに近くの水場へは難なく辿り着けた。草の中にひっそり隠れた泉のほとりに、確かに赤い花が咲いちょった。えい香のする不思議な華でな。

 そういやひさに見ないが、あの森にしか咲かないじゃか?…勿体ない、おまんも今度探してみるとえい。無事に帰れる保証はないがの……にゃははは!

 

 

  四杯目   正眼の試練と白装束

 

 

「最後の試練もややこしかったにゃあ、犬蔵さん。もうあない経験はしとうないの。」

 ──っ、あったり前じゃ!あれがそう何べんもあってたまるかい!!づつないのえずいの、まっこと趣味の悪い妖術ぜよ、あん正眼の試練ちゅうのは!

 

 …せや、三つめの看板に書いちょった正眼の試練。何が『己の知識と絆を信じ、試練を乗り越えよ』じゃ!目を開けたら敵しか見えん、しかもこじゃんとおるんじゃぞ!?

 心臓潰れるかと思うたわ…ほんに……龍馬はいないし…けんど匂いは近いし……わしは、わしは龍馬が鬼に、く、喰われて、しもうたのかとぉ……

「ちょ、泣かんといて犬蔵さん!?わしはちゃんとここにおるし、喰われてなんかないじゃろ?」

 だっでえぇぇ…

「もう悪いんは全部陰陽師先生でえいから!のう、泣き止んでや犬蔵さん」

 ほうじゃほうじゃ!全部あいつが悪いんじゃ!

 

 ……でな、周りには白装束の鬼ばかりで、わしは動くに動けなくて…そのうちの一体が、唸りながらわしに切りかかってきた!抜刀しようと手をかけた時、その鬼から濃い龍馬のにおいがして……わしは、どういても斬りかかる気になれず、腰を抜かしてへたり込んだ……

 …すると、じゃ。その鬼は振りかざした武器をぴたりと止めた。そして、持っていた赤い花──そう、ひとくびきの花──をおずおずとわしに差し出したんじゃあ……

「あん時は、そうするのが最善だと直観したからのう。…それに、地面にへたり込んで震えながらわしを見上げる鬼はどう見ても捨てられた子犬にしか見えんかったけん、あないに捨てられた子犬オーラを出せるんは犬蔵さんしかおらんしのう!!かはは!」

 はぁ!?おまんそない風にわしを見ちゆうがか!?…まあえい、あん時はそれで助かったんじゃあ。

「それにしても無防備すぎたよ。本物の鬼だったらどうするつもりじゃったんか?」

 知らん知らん。もしもを追うんは爺婆になってからじゃ。

 

 それで、わしはその鬼(?)に花を手渡されてから、もう一度冷静になって他の鬼を見回すと、確かに白装束の鬼は何体か“ひとくびき”や“よみとつた”を持ちゆう。

 それでわしが、この鬼の中に仲間がおると確信した瞬間、突然ヒトの声が出せるようになった。……そうじゃ、その時までわしらが喋っていたと思うたのは鬼の唸りだけだったんじゃ。

 

『ッカハ、りょーま、おまんりょーまじゃな?』

『やっぱり犬蔵さん!気いつけい、まだ唸っちゅうのはどうやらほんまもんの鬼じゃけえ』

『わーわー待て!私は仲間だ!地面に書いただろう、な・か・ま!』

『あーこれ仲間って書いてあるのかあ!』

『識字能力!!!!!』

 文字の読めんセキとそれに襲われそうな紫陽花がまだ騒いじょったが、わしらは体制を立て直してほんまもんの鬼に斬りかかり、接戦の末、鬼たちを打ちのめすことができた……。

 

 無事に錯乱の妖術も解け、わしらは顔が見え、言葉の話すことのできる有り難みを噛みしめた。

『帰ったらちゃんと文字を勉強するんだぞセキ!!まずはひらがな!ひらがなからでいいから、な!?』

『わかったよぉ~』

『全く……でもなんとか全員無事に終わって良かった。怪我をした者は回復するように。セイメイの家まではもう少しだ!』

『おーー!』

 

 

  五杯目   式使いの陰陽師

 

 

『ん、あれは……』

 わしらが薄い霧の中で、ざくざくと草をかきわけ進んでおると、先頭のセキが立ち止まった。

 その肩からひょいと覗き込んだわしは、山の開けた頂上にぽつんと建っている家を見た。

 ……なんかしょぼい。そう思ったのはわしだけじゃなかったはずじゃ。

 ここまで手間をかけさせた陰陽師の住処にしては寂しい気がしたが、兎にも角にも紫陽花はその扉を叩いた。

『ごめんくださーい』

 

 カチャリと扉が開いた時、わしは思わずびくついてしもうた。と言うんも、玄関に駆け寄る足音も気配も、扉の奥から一切しなかったからじゃ。

 まるでわしらが来るまでずっと玄関の前で待っていたかのような……。

『どうぞ、お入りください』

 そう言ってわしらを引き入れたんは白装束の女だった。白い布で顔を覆って分からんかったが、どうも生き者特有の匂いが全くせんので不思議じゃった。あれが俗に言う式神ちゅうもんなんかな。

 

『──よくぞ私の試練を突破し、ここまでおいでなされたな。私こそがこの家と聖域たる霧の森の主、陰陽師のセイメイである。

 さ、式に茶でも淹れさせるから、どうぞお座りなさい』

 わしらぁはそうセイメイに招き入れられた。わしはまだセイメイちゅう男に信を置けなかったけんど、あこは彼奴の領域じゃけん、黙って睨みつけるだけにしておいた…。

「嘘じゃあ犬蔵さん、あん時思いっきり唸って威嚇しちょったろう」

 …噛みつくよりはマシと思うんじゃな。

 わしらは食卓だかの長机の前に座らされた。しばらくして式が持ってきた人数分の茶をわしは警戒しちょったが、龍馬ときたら『やぁ、どうも』なんてろくに確認もせず口をつけるもんじゃから、わしも思い切ってあおるしかなかったぜよ…

「あれ、だから頭を撫でさせたくない犬みたいな顔してたんか」

 おっまんなあ、何遍わしを犬扱いすりゃ気が済むんか!?わしはガオシャじゃが野犬と違うて理性も英知もございますぅ!

「あはは、冗談だよ…すまんって犬蔵さん」

 まっことしょうもないにゃあ…

 

 わしらが出された茶を啜っていると、セイメイは一息ついて切り出した。

『それで、今日はかような大所帯で…どのようなご用件かな?』

 わしらぁが正直に“正体看破の巻物”の譲渡が目的であると話すと、セイメイは底の見えん顔で『ふむ』と頷いた。

『生憎と、今ここにはその巻物は無い』

『なんだと!?なら何で私たちはこんな所まで…!』

 セキがそう剣に手をかけた時じゃ。

『まあ待ちなさい。実物は無いが、その巻物の作り方は私が知っている。早急に必要なのであれば、ここで君たちが巻物を制作するのに力を貸しても良い。

 それに、せっかくたどり着いた君たちを何も持たさず帰すなど陰陽師としての器が知れる』

『…ハァ?』

『君が制作者になるんだよ』

 わしは巻物を作るちゅうなんて疑問しかなかったが、仲間内で唯一陰陽道の士であるツムギ女史が『なるほど』なんて頷くもんだから、わしらは戸惑いながらその申し出を受けることになった。

 

 

  六杯目   巻物を作ろう!

 

 

─────────────

 

[材料]

 

ひとくびき・・・四輪

よみとつた・・・胴ひと回り 四本

 魔法筆 ・・・一本

 札用紙 ・・・四枚

 羊皮紙 ・・・巻物分

 魔力  ・・・少々

 

─────────────

 

『さて、今日は正体看破の巻物を作っていきたいと思う。式に下書き用紙とペンを配らせるから今から言うことをメモするように』

『ちょっ、待て、メモってまさか』

『作り方は全て口頭で伝える』

『ハアァ!?』

『それでは始めるぞ。その壱、あらかじめ魔力を付与したひとくびきとよみとつたを用意する・・・』

『ちょ、ま』

 

 有無を言わさずセイメイは空で作り方を暗唱し始めて、文字の書ける組は咄嗟に紙にかじりついた。わしは手持ち無沙汰じゃから適当に絵を書いたりセイメイのシュッと鼻筋の通った横顔を眺めたりした。

 暗唱は更に進んで行くが、セイメイはどもりもせずすらすらと言の葉を紡ぐもんだから、わしは感心して見入ってしもうた。

「わしはそんな余裕は無かったが、思えば確かに流石は陰陽師の重鎮じゃなあ」

 別に…人柄は抜きにして、腕はやるもんじゃなあと思うただけじゃ。

 ……ところで、あの人ん咳払いがどうも鈴のような独特の響きがあったんは不可思議じゃった。狐人族のそれによう似たモンじゃったが、狐の血ィでも入ってるんかな、とも思うたな。

「へえ?犬蔵さんは細かいとこによう気がつくのう。」

 暇じゃったからな。セキなんかは隣で骨つき肉の絵を書き終わったからわしに見せてきゆう、適当にあしらったら次は鳥の絵に挑戦するらしい。

 

『…おや?それはルーン文字かね』

『は?コレ?ただの落書きじゃが』

『んん?』

 セイメイはわしの線だらけの落書きを差して言うから、何じゃとびくついたね。なんじゃルーン文字て。落書きの線と線が交じることなんか腐るほどあるじゃろうに。

 

 

 そうこうしている間に、暗唱は終盤に差し掛かっていた。魔法陣の図式やらもお札(おふだ)に書く絵やらも口頭で伝えるもんだから、龍馬なんか頭を抱えちょったな。

 

『…はっ、これだから学の無い者は』

 

 制作に難儀するわしらを眺めてセイメイの野郎がそう呟いたのをわしは確かに聞いた。

 

『──おまん─リョーマを──……笑うたか?』

 わしは強い酒をあおったように胸がかっと熱くなった…。

『わーっ!犬蔵さん!ストップ!ストッープ!ステイステイ!わしなら気にしてないから!!ステイ!抜刀はまずいって犬蔵さん!』

 龍馬が刀にかけたわしの手を抑えていなければ、とっくにセイメイ先生ぇの首は飛んじょったところじゃ。

『チッ!これだから頭のえい奴は好かんちや…!わしらを馬鹿にしゆうきのう!どうせあない試練とかいう門をわざわざくぐって会いに来る友達の一人もいないんじゃろう!』

『し、失敬な!三年に一度くらいは客を迎えているとも!』

『それを友達がいない言うんやろが!』

 セイメイは、はうあっ!と喉を詰まらせて泣きそうな顔になったが、あん時のわしは悪くなかった思う。

「いやあ、あの犬蔵さんを宥めるのは大変だったぜよ」

 …迷惑かけたな。

 

 

  七杯目   儀式

 

 

 それからセイメイが小言を控えて素直になったからかは知らんが、巻物作りは着実に完成へと近づいた。

『龍馬、そこは魔法陣じゃのうて結界の四隅に、じゃなこうたか』

『あ、あれ?そうだっけ』

『…あぁ、そこは確かに結界の四隅にだ。キャンキャン喚くだけの仔狗かと思ったが違ったようだな』

『おまん…!』

『 セ イ メ イ せ、ん、せ、い?』

『…ッすまなかった…』

 なんじゃ龍馬が一にらみしてすぐセイメイがたじろいだんは見物じゃったのう!後ろに控えていた式が流れ弾を浴びて可哀想なほど怯えちょったが、おまんそない恐ろしい顔しよったんか?

「いやいや、わしはただニコッと笑いかけただけぜよ」

 ニコッと、にゃあ……。

 

『──できたぞー!』

 紫陽花が巻物をそう高々と掲げて、わしらはほうと息をついた。やっと外を見ると、もう陽がとっぷり暮れちょった。

『不慣れながらもよくやった。仕上げに、巻物と札に魔力を付与する儀式を疾く終わらせよう。こちらに来なさい』

 言われるがまま連れてこられた、薄暗い小さな部屋では式がちょうど魔法陣を書き終えたらしいところじゃった。

『ご苦労。さて皆の衆、魔法陣を囲い手を繋ぎたまえ。一人一人の祈りの力と団結力が大切なのだ……まあ、あの試練を突破した君たちには簡単なことだろうがね』

 セイメイは言いながらひとくびきとよみとつたを魔法陣に置いた。

『私のあとに続いて、そうだな…龍馬殿。まず貴殿が呪文を唱え、次に全員で復唱するのだ』

『えぇ?わ、わしですか…』

 

『──では、始めよう──』

 セイメイの暗唱に、龍馬が必死に食らいつく。それに続いてわしらも声を揃えて呪文を唱える。馬鹿の寝言のような音節ばかりじゃったが、なんちゅうかな…身体の中の魔力が息と共に流れていくのも感じた。それが輪の中央に置かれた巻物の上に、雪のように降り積もっていくのもな。

 …どれぐらいの時間そうしていたかは分からん。一瞬だった気ィもするし、何刻も経ったような気もした。窓の無い部屋なんも感覚を狂わせた。

 

 セイメイが節を唱え終わって、はたと口を閉ざすのをわしらは固唾を飲んで見守った。

『…成功だ』

 

 

  八杯目   締めに

 

 

 儀式が終了した後、夜の森を帰るのは危ないからと、わしらはセイメイ宅に一晩厄介になることにした。…んにゃ、向こうの方が是非にと誘ったのじゃ。子曰く、友人が式神だけだとやはり寂しいとのことじゃった……ハン、わしに言わせれば自業自得じゃ。

 紫陽花は食卓で一等良い酒を空けて上機嫌じゃったし、ツムギは大陸の魔術とアズマの陰陽道の違いとやらを熱ぅく語っておった。

 

「犬蔵さんかて、元々鋭敏な嗅覚を魔力で強化する術を教えて貰うて得意気じゃったろう」

 そないお偉いさん言うなら魔術の一つもかっぱらって来な面白うないからのう。…本当はあの高そうな銀の杯の一つでも手土産にしたかったが……

「駄目だからね!?ほんとに!いや犬蔵さんのクラスが盗賊だって忘れてたわしも悪かったけんど……」

 …龍馬に止められちゃあな。

 ……それにな。次にまた龍馬を見失うことがあったとて、必ずこん鼻で追ってすぐ見つけ出しちゃる、思うて…な。妖術は見た目さえ変えるが、匂いは誤魔化せん。

 おまんもよう覚えちょけリョーマ、どこにいてもわしが探し出しちゃるきのう!ふははは!

 

「んー、ありがとう犬蔵さん。よしよし……どうせ明日になったら覚えてないんだろうなあ……」

 わしの決意は変わらんぞーお、話も終わったことじゃからもう寝てもえいか?えいよな?スヤァ

「あれ?犬蔵さーん?……駄目だ、落ちてる……」

 …んーもう飲めんー…

「もう……せめて宿屋まで歩こ?無理?はぁー…だから言ったんに。調子に乗って飲むからじゃろうが……いやどうも、相すいませんねえ。それじゃ今晩はこれくらいで。

 …ほら、背負うから腕回して」

 

 おっちゃん、じゃぁな~…ご馳走さん…スヤ…

 

 

 

「…全く。

 

 ……おやすみ、犬蔵さん」

 

 

 

───げにまっこと、今晩はえい月じゃ。

 

 

 

 

 

 

回想:昼の章~挑みしは星辰の試練~

 

     ーーーー完ーーーー