千慮の愚者@紋章の人

全く使ってなかった厨二ページをLARP小説投げ箱に再利用。黒歴史?何それおいしいの?なので刺さる人には痛い遺物があるので要注意〜

ぼうけんしゃLARPリプレイ小説

 

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──それは、二日がかりの大喜劇。

その軌跡を皆々様に伝えよう。

話し手はもちろんお馴染みの彼女。

[あちら]を生きる彼女の目に、

その世界はどう映るのか……

知りたくはないかい?

 

ならば教えてあげるとも。

……私かい?私はしがない吟遊詩人。

どうかREOと呼んでおくれ───

 

 

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「──りょおま!!!」

「犬蔵さん?」

 犬蔵は思わず龍馬に走り寄って、龍馬も不思議そうに手を広げて受け入れた。

「どういたがか、犬蔵さん」

「どういたもこういたもない!おまんが居ぬのは寂しかったぜよ!」

「たかだか数分程度で大袈裟じゃのう」

「ふえ?」

「えっ?」

 龍馬はいよいよ不思議そうに首を傾げて犬蔵を見た。

「え、わしが龍馬と最後に別れてからどれくらいたっちょる」

「じゃから数分だって」

「………、………。」

 犬蔵は一瞬の後、長い息をついて膝から崩れ落ちた。

「えぇ、ほんにどういたんじゃ犬蔵さん、どこか痛いんか?変な輩にでも絡まれたか??」

 犬蔵は頭の上でおろおろとしている龍馬に、のろりと手を挙げて制止した。

「とりあえず……わしの話を聞いてくれんか…」

「お、おん」

 そうして犬蔵は語り始めた。

 

 

  第一歩  犬蔵、異世界トリップする

 

 

 ええと…龍馬と別れてから──龍馬にとっちゃあついさっきじゃが──わしは変な小道に迷い込んだ。何かおかしいと思ったその瞬間じゃ。

 気づくとわしは、足元の暗闇に落っこちちょった。

「け、怪我は!?」

 無い、とは言い切れん。これは後で説明しゆうが……とにかくわしが暗闇に落っこちて、目が覚めたら──そこは一面に広がる草原だったんじゃ!

 

「草原なんてここら辺には……」

 そう、じゃけえ、どうやらわしは何らかのはずみで別の世界に飛ばされとったらしい……。

「今の数分で!?」

 龍馬にとっちゃあ数分じゃが、わしにとっちゃあまるひいとい(一日)の出来事だったぜよ!龍馬もいないし、知らん土地知らん異空間でどれだけ心細かったか!

「そりゃあ大変じゃったのお。帰ってきてくれて良かった」

 そいでな、聞いて驚け。わしは史上最凶の魔物“凶星ダークマター”と戦った!そして奴に打ち勝って二つもの世界を救ってきたぜよ!龍馬の知らんうちに!

「ええええええっ!!!??凶星ダークマターちゅうと、あの凶星ダークマターがか」

 そうじゃ!かつてとある世界と世界の狭間に召還され、どちらの世界も破壊せんとしたが、名も知れぬ冒険者たちによって打ち倒された、あの凶星ダークマターじゃ!

 

「し、信じられん…犬蔵さんがのお…」

 ふふん!もっと褒めてもえいんじゃぞ!

「わしの居ぬところで……そんな危険に突っ込んで……死ぬ可能性もあっつろう……?」

 …龍馬まて待てりょおま、わしの話を聞いてくれんか!お説教は!それから!な?

「……言い訳は聞かん。じゃが事情を説明する権利だけはくれちゃる」

 恩情に感謝じゃ…ふう…。

 

 コホン、では改めて。

 草原で目が覚めると、わしはふと空を見上げた。そこには少なくとも、青空か、もしくは星の夜がある、はずだった。

「はずだった?」

 しかしそこにあったのは──ひび割れた、紫色の空。まるで石を投げ込んだ鏡のように、今にも降りかかってきそうに思えた。

「恐ろしや…」

 ああその通り。わしはしょうまっこと不安になって、まず龍馬の姿を探し始めた。…セイメイの件のように、化かされちょると思ったからの。

 

 自慢の鼻を頼りに──が、見つけられんかった。

 匂いも、気配も、まるで最初から龍馬なんて人間はおらんかったみたいに……。唯一の救いはわし自身に染み付いた匂いと、龍馬からもろうたこの手裏剣一束があることじゃった。

 わしはひび割れた空の下、あてもなく歩き続けた。

 

 

 ……草を凪ぐ風に揺られしばらく歩くと、突然ぐらりと足元が揺れた。

 

 [フィールドを召還します。──沼地]

 

 誰かのそんな声が空から聞こえて、見上げようにも揺れが大きくなるばかり。

 必死に脚を広げて踏ん張りながら揺れが収まりゆうのを待った。するとわしはいつの間にか、深い沼地に立っておった。

 

「沼地?草原を抜けたんでなく?」

 それはない。わしは揺れがしてから一歩も動いとらんに、周りの景色ががんらと変わりおった。

 なんじゃあ、と声が出た。泥の噴き上げる泡は不快な臭いがしたし、足元だって、かろうじて靴をとられんような土をさ迷う始末。

 ──じゃから、わしは目の前で泥から這い出た骨人間に腰を抜かした。

「骨……人間?」

 わしが骨人間言うたら骨人間じゃ──奴さんは肉も皮もあらんのに動いちょった。纏わりつく泥がぼたぼたとしたたり落ちれば白い骨が覗くし、動くたびに丸出しの骨同士がカチャカチャ言うた。

「そりゃおぞましいのお…」

 骨人間は何かの骨でできた剣だか槍だかをこちらに向けてきゆうが、わしはあまりの出来事に動けんかった……そん時じゃ、あの嬢ちゃんが現れたんは。

「ほお?」

 

 

  第二歩  ルーン魔術師REOとの邂逅

 

 

 その嬢ちゃんは、座りこんじょるわしを尻目に骨人間に立ち向かっていった。

 名前を『れお』、とか言っちょった。異国だか異世界だかの古代文字…『るーん』じゃったか、の魔法を研究しておるらしい。

『──そこの君何してる、寛いでないで手を貸してくれないか。…それともその剣は飾りかい?』

 レオは黄色の長衣の裾を優雅に翻して、わしにそう言ってきゆう。

『まさか!ちぃ、よう分からんがあいつは敵か!』

 わしはそう返して刀を抜いた。

 骨人間は怯んだわしに襲いかかってきたが、わしが刀で受け止め、押さえこんじょる間に嬢ちゃんが不思議な型の二刃で奴に一撃を与える。

 体勢の崩れた隙にわしは刀を振り、骨人間を腹ァから一刀両断した。

 

 嬢ちゃんは骨人間の身体が崩れるのを確認すると、革紐を編んだような帯に剣を仕舞った。

『…なるほど、良い太刀筋だね。煽るつもりは無かったけど、すまないことを言った』

『おまんはここの人間か?』

 わしの警戒してるんが伝わったのか、嬢ちゃんは両手を脱力させると余裕げにひらひらと振った。

『いや?僕は別の世界から迷い込んだうちの一人さ。多分、君と同じくね』

 

 

 その後、わしは嬢ちゃんから必要なことを教えてもろうた。

 曰わく、その世界は二つの世界がぶつかり合って生まれた狭間の世界である。故になんらかの拍子に別世界から飛ばされることがよくあり、時空が不安定なため一歩歩くと全く違う場所なんてことがざらにあるらしい。

『それがここ、狭間の世界フィアーバの日常だそうだ。郷に入っては郷に従え、……まあここに来てしまった以上慣れるほかあるまいよ』

 

 嬢ちゃんは、新緑で紡いだような緑の表紙に黒い革背表紙の本をめくりながら、長い羽根でできた筆(ペンと言うらしい)で何かしら綴っていた。

『これかい?いやあ、帰ったら面白い読み物ができるかと思ってね、出来事を逐一メモしているのさ。それにしても君……』

 わしは墨を足さずとも綴られる文字を不思議に思って眺めていた。それがはたと止まって、わしはやっと己がじっと眺められていることに気づいた。

『…なんじゃろうか』

 わしは聞く。

『いや、犬の獣人だろうけど面白い相をしていると思って。僕は[REO]だけど君のは[OER]…他人とは思えないな、この広い世界で出会ったのも偶然じゃない気がしてきた』

『…よう分からんが、“縁(えにし)”…ちゅうモンじゃろうか』

 わしがそう答えると、羽根ペンがまた上機嫌に踊り出した。

『なるほど、[M](マンワズ)ってやつだね。…いやはや全く、この世界は面白いな』

 

 [フィールドを召還します。──冒険者の町]

 そんな話をしちゅうとまた声が聞こえて時空が歪みゆう。

 今度は賑やかな町らしい場所にたどり着いた。

 

『運がいいね。ここからは外に出なければどこかへ飛ばされることも無いから、元の世界に戻る手がかりを探すといいよ』

 わしは不思議な声について聞いた。

『ああ、あれは賽子(ダイス)の女神ってやつの声だね。この世界のあらゆる事象を管理しているらしい…。──またの名を、GM(ゲームマスター)』

「げえむ…ますたー」

 そう…。

『まあ我々とは別次元の話さ。我々に干渉できることはないから……あまり気にすることは無い』

 レオはそう言うと、わしの肩に手を置いた。

『まっこと感謝しゆう、れお。』

『旅は一期一会、いいってことさ。それじゃあ元気でね、ケンゾー』

『おまんも、達者で』

 わしはそうして嬢ちゃんと別れた。

 

 

   第三歩  謎の忍者クロサキ

 

 

 町では、“バザール”ちゅう祭の真っ最中じゃった。広場は色とりどりに飾り付けられ、聞いたことも無い音楽、様々な世界の技術や娯楽、料理が一堂に会すを見るんは胸がわくわくした。

 時間があったらまわってみよう、わしはそう心に決めた。

 わしはREOに紹介された通り、まず異世界からの冒険者が集うギルドちゅう場所に足を運んだ。そこでは獣人だったり耳長族だったり、色んな世界から集まった多種多様な冒険者で賑わっておった。

 唸るものや軋むような声がさざめくのに耳を慣れさせておると、わしはふと、異世界なのに言葉は通じるのじゃな、と気がついた。

 これもその世界に流れてきたとある女神の恩恵だそうじゃ。

 

 そんな中で、

『ほお!あんちゃんは昨日来たばかりなのに草原のケットシーを屠ったのか!こりゃあ逸材だねえ』

 と話す声が耳についた。声のする方へ寄ると、黒い背中が獣人たちと和気藹々と語り合っていた。

『いやぁ、俺はただ皆の作った隙に打ち込んだだけですよ。彼女──REOさんに敵の弱点を教えて貰ったりね』

 知った名前が出てきたのにわしは嬉しゅうなって、つい声をあげてしもうた。

『おまん、REO嬢の知り合いがか!』

 

 男が振り向いて、彼の墨を流したような黒髪が肩に落ちた。

『土佐弁…?そうだけど、君は?』

 男は白い布で口元を覆っておったけえ、表情が読めんかった。前髪の間から覗く目だけが鋭く光ったのをわしは見た。

『わしはアズマから来た始末 犬蔵じゃあ!さっきこの世界に飛ばされえ、右も左もわからんところをREOの嬢ちゃんに助けてもろうた!』

 男はまたわしをじろりと眺めたが、敵意が無いと踏んだのか興味なさげに会釈してきた。

『…始末剣、ねえ。俺はクロサキ。俺の出身は…話すの面倒だし…まあ、世の中には知らない方がいいこともあるとだけ言っておくよ』

 

『成る程…?わしと似たような狼犬族に見えるが、その黒い服は…忍者、がか?』

 わしの問いに、男はぴんと立った狼のような耳をぱたた、と揺らした。よく見ると先の毛が灰がかっているし、左の耳は欠けている。

『…まあ、そんなようなものかな。ところで君、暇?俺は元の世界に帰りたいんだけど、君ももしそうなら協力してくれないか』

 クロサキのその言葉に、わしは二もなく頷いた。

「ちょま、そんな知り合いでもないんにホイホイ着いていっちゃ駄目じゃぁいつも言うちょるじゃろ犬蔵さん!」

 お?……あー、まあ、なんぞ分かりにくうかったが龍馬と同じよーなお人好しの匂いがしゆうたし…

「もう…はぁあ…」

 

 

   第四歩  女神の欠片ランドピース

 

 

 で、わしらはギルドん中で“元の世界に帰る”ゆう同じ目的を持つ冒険者を募い、街の外へ踏み出すことにした。

 

 曰わく、その世界で生活するために『ランドピース』という青い石が貨幣がわりとして存在しちょるらしい。

「らんどぴぃす?」

 おお。これは古の時代この世界に流れついた女神が、その世界を支配しようとする魔王に抵抗した末散らばった欠片だそうじゃ。

 ランドピースはこの世界の各地に埋もれ、たびたび不思議な力を発揮するらしい。

『喋るサンドスター…』

 クロサキがそんなことを呟いたが、わしはその意味を知らん。

「わしも知らん。」

 じゃろうな。

 

 [フィールドを召還します。──沼地]

 

 街の外に一歩踏み出すと、 またGMの声がして時空が歪んだ。仲間は全員同じ場所に飛ばされたが、むせかえるような泥の匂いにわしは眉間に皺をよせた。

『またここがか』

 辿り着いたのは沼地じゃった。鬱蒼と草が茂りゆう、わしは仲間が泥にはまらんよう、また土の乾いた所を選った。

 

『──何者だ!』

 突然、クロサキがそう叫んだ。はっとして視線の先を振り返ると、背の高い草むらの中から二つの人影が現れゆう所じゃった。

『…バレちゃあ仕方ねぇなあ』

 人影はそう言うと、わしらに剣を向けた!

 

『ど…どういて?わしらぁが争う理由なぞなか!』

『ハァ……始末、REOから聞いてないのか。この世界では“血の好きな奴ら”がうろうろしてるんだ』

 言いながらクロサキは二振りの短剣を構える。

『こいつらは、どこでも好き勝手に暴れまわるぞ──例え相手が人間でも、な。』

「…まさか、」

『そゆこと』

 敵は──その人間たちは、下衆な笑みを浮かべながら剣の刃を舐めた。

 

 

『君たちも覚悟を決めろ。自信が無いなら下がってるんだな』

 クロサキは他の冒険者にそう声をかけた。わしは前に出たが、剣を触ったことのない世界らしい女子二人組は怯えた顔をして影に隠れた。

「そんな世界からも飛ばされるがか!そりゃ大変じゃ…」

 わしも不憫に思うたのお。更には気色の悪い男どもに気味の悪い目つきで眺められる始末。

『今回の獲物は女が多いなァ…こりゃ楽しめそうだ。──遊んでやれ、ドロミミ』

 ドロミミと呼ばれた一人は粗末な斧を構える。黒い肌の耳長族のようじゃったが、もう一人の人間に逆らえん──奴隷に見えた。

『やるしか、ないがか…!』

 

 [ダークエルフのHPは3、NPC冒険者のHPは8]

 

 またしてもGMの声が響くが、わしに構っちゅう暇はなか。

 ドロミミは斧を振りかぶるが、わしは刀で受け流す。そのまま腕に斬りつけて、嫌な感触が指を伝った。

「……」

 じゃがドロミミも斧を単に振り回すだけでないようで、横からの斬撃をすんでの所でかわす。

 そんな応酬を繰り返し、最後に息の上がった所を思い切って斬り伏せる──ドロミミは動かなくなった。

『わ──わしが──こ、殺して──っ……』

 ふいに誰かの腕が肩に乗って、わしはびくりと震えた。

『…大丈夫だ。もう誰かに代わるといい』

 クロサキじゃった。その面影がまた龍馬を思い出させゆうて、わしはやっと深く息を吐けた。

 

『ちょ──待っ』

『待ったは無しだぜ!』

 羊の角を持つ女戦士がもう一人にとどめをさす。

 すると温かな光が全身を包み込み、戦闘で負った傷がじんわりと癒えていった。

『ほお…話には聞いちょったが妙なもんじゃのう』

 REOの話では、戦闘が終わると傷が治るのも、世界に散らばるランドピースが起こす奇跡の一つじゃという。そこに斬り伏せた二人組も、時間がたてば目を覚ますらしかった。

 

「殺されゆうた人が蘇る世界……そりゃ、不埒な輩が跋扈するんも仕方がなか」

 ……わしは二度と御免じゃ。

「そうじゃなあ。わしも行きたくはないの」

 

 

   第五歩  ご・ま・だ・れー↑

 

 

 クロサキは、二人組の立っていた場所に屈んで何かを拾っていた。

『何しゆうがか』

 わしは聞いた。クロサキはつまみ上げたギラギラのネックレス──男の落としたもの──をかざしてみせた。

『こういうドロップ…、戦利品は町の商人に言えばランドピースに替えてくれる。他にもあるから、拾っておくのをお勧めするよ……それにこいつは、』

 もう片方の手が握る麻袋には、青い石がじゃらりと入っていた。

『金(ランドピース)を持ってる』

 

 [ドロップアイテム獲得。──悪趣味なネックレス、15LP。ご・ま・だ・れー↑]

 とGMの気の抜ける声が響く。

「なんじゃそれ」

 そう思うじゃろ。『ごまだれじゃあ?』わしも聞いた。

 [由緒正しき古来からの呪文です。ご・ま・だ・れー↑]

『ご・ま・だ・れー↑』

『!?』

 わしはGMに返事を貰ったことよりも、クロサキまでそれを口ずさんだのに衝撃を受けた。

『ご・ま・だ・れー↑!たーのしー!』

『ご・ま・だ・れー↑?確かに何ぞ、わくわくしゆうな!ご・ま・だ・れー↑』

 しばらくごまだれの大合唱は続いた。

「ご・ま・だ・れー↑……えいな、これ」

 そうじゃな!

 

 ごまだれが落ち着くと、わしらはクロサキの言う通りにめぼしいものを巻き上げた。

 それが済むとまた歩き出して、場所が変わるのを待った。

 [ご…コホン。フィールドを召還します──草原]

 

『来た。…おっと』

『野原じゃな…』

 わしは、そこに吹く爽やかな風の中に、僅かな鉄の匂いを感じた。

『これは……血の匂いじゃ!』

『ぎゃー!なんだこいつ離れろ!』

 悲鳴に振り返ると、仲間の顔に何かが引っ付いて暴れておった。

 きらりと鋭いモノが光ったのを見たクロサキが、咄嗟にそれの首を掴んで引き剥がす。

『こいつはケットシーだ!』

 それが頭から離れた直後、鋭い爪らしきモノが空を切った。くっついたままじゃったら、確実に首を掻き切っていた軌道じゃ。

 

 [モンスター:ケットシー、HP5]

 ケットシーとやらはもがいてクロサキの手から抜け出し、ひらりと草の上に着地した。

 異様に爪が長く鋭いことと、後ろ足で立っていること、それに大きな牙を繋げた首飾りをしていること以外は愛らしい猫にしか見えんかった。

 

『ちっ…こいつに気をつけろ、本当に恐ろしい!あの見た目に騙されて、昨日も何人の仲間がその凶爪にかかったか…!』

 クロサキの警告に、わしはREOも同じ事を言っちゅうたのを思い出す。『草原…ケットシー……うっ頭が!』

 もしわしが落ちた直後、奴に襲われていたら……そう考えるとぞっとしゆう。

 

 ケットシーはシャー、と声をあげ、殺意に顔を歪めて向かってきよった。

『…えいっ!』

 そんなケットシーに剣を振ったんは、さっき影で怯えておった──そう、そのおなご二人じゃった。二人はコーコー?とかいう揃いの制服を纏って、頭には猫の耳があった。ただ、作りもんのように動かんかったがな。

『できるか?』

 クロサキに二人は首を縦に振る。なんじゃ、猫族の矜持みたいなもんかのお。その背中からは覚悟が感じられた。

『いくにゃー!』

 

 片割れが倒れても、もう一人がケットシーを見事倒しきった。そのケットシーがまだ子供であったことも、犠牲が少ない理由らしかった。

 [ドロップアイテム獲得──爪×3、短剣(?)[かっこはてな]。ごまだれー↑]

『初めてながらよくやった』

 クロサキの賛辞に、傷の回復した二人ははにかんだ微笑みをして、顔を見合わせちょった。

 

 

    第六歩  赤毛の騎士兵長J.B.

 

 

 なんとか無事に街に辿り着くと、わしらは商人を探して戦利品をランドピースと交換してもろうた。

『ネックレス…それと牙に、短剣ね。ケットシーの持つ短剣は…残念ながら呪われてるな。

 それにお嬢ちゃんたちの初心者用の鉄剣、それのローンを差し引いて全部で……14ランドピースってところだ。召使い!』

『へえただいま、あねご。14ランドピースね、きっちりこれで。』

『ありがとうございました、おかげで助かりました』

『いいってことよ』

 わしは密かに嬢ちゃんらが持ちゆうエモノに疑問を抱いていたが、それはこのやり取りで解消された。

「つまり手ぶらで飛ばされた冒険者に、装備を貸し出しているんか……親切と言うべきか、商売上手と言うべきか、ね」

 商いをしてくれた女エルフはどうやら商業会のお偉いさんのようで、付き添いの召使いが背負う籠に商品を放り込んだ。

 女商人はわしらを振り返って言った。

『ところであんさんら、元の世界に帰りたいんだって?いい商売させてもらったから、いくつか情報をやろう』

 女商人はそう言って声を落とした。

 

 一つ、同じく異世界から迷い込んだらしい、赤と白の装束の少女を探している冒険者がいること。

 二つ、商業界でも鼻つまみ者にされている怪しい商人が、黒い宝石がついた呪われたペンダントを紛失したこと。

 三つ、これが肝心。各地に散らばったランドピースをこじゃんと集めれば、女神さまの不思議な力で元の世界に帰れる…らしいこと。

 

 

『今後ともごひーきにー』

 女商人と別れたわしらは、街で情報を集める者と外へ稼ぎに出るものに分かれることにしゆうた。

 幸い冒険者ギルドでは新しい仲間も数人集まった。

 その中でも一際目を引いたのが、赤いツンツン頭の西洋人じゃった。

『俺はリフル・シャッフル侯領から来た、騎士団兵長ジャックだ。皆からはJ.B.と呼ばれている。よろしくな!

 …あ、強そうに見えるが戦闘はあまり期待しないでくれよ?この世界じゃあ、何故だか加護やら何やら本来の力が発揮できないんだ…』

 JBはおどけるように肩をすくめる。

 

『……呆れるほど真っ直ぐな気配だ…』

 そんなことをほんの小さく呟いたクロサキの顔をちらりと伺って、わしは一人笑いに吹き出した。

「そない顔しちょったんか」

 蟻のよな呟きを聞いて、なおかつ奴の苦虫を噛み潰したような顔を見たのはわしだけじゃったからっ……ああ駄目じゃ、思い出したら笑いが…ふふっ…

 

 はあ…。JB、初対面で笑ってしもうたがの。

 言うても奴さんがいなければ…わしは、戻ってこれんかったろう。

「実は頼りになるお人だったんじゃね」

 うーん、あれはただ運が悪かったと言うか、女神の悪戯と言うか……?

 ──まあ、わしが“死”を覚悟したんは、後にも先にもあれだけじゃけえ……。

「まさか、ダークマター!?」

 ……あん時わしは、足が震えて仕方なかった…剣を持つ手が汗に濡れた。なにしろ剣の先に立っているんは、一瞬前まで共に旅をした仲間“だったもの”じゃから…。

「そ、れは……っ」

『おい─目を覚ましい、戻ってこい!!』

 わしは吠えた。じゃがそれも虚しく木々の間をかすめるだけで、仲間“だったもの”は、ふらり、ふらりとわしとの距離をつめてきゆう。

 わしは、心ん中で敗北を認めた───地上最強の茸、マタンゴに─!!

「地上、最強の───っ!

 

…って、え、茸?わしの聞き間違いがかのう?」

 いんや、あれは茸じゃ。

「茸?ってあのキノコ?山に生えてる?」

 鬱蒼とした森の中で出くわした茸だとも。けんど茸だとて侮るなよ!奴さんは茸の中の怪物茸ちや!

 わしはもうキノコ鍋を口にできそうもない……自分がキノコになってしもうたからの!

「けっけけ犬蔵さんがキノコ!?え?今も!?僕キノコと話してたの!?」

 安心せえ、もう人族じゃあほ。

 

 わしは、仲間じゃったマタンゴに負けた。マタンゴに負けるとマタンゴの一部となる。つまりマタンゴマタンゴなんじゃ。

「はい…?」

 わしらはマタンゴを前に歯が立たず、全滅しかけた。そこをJBは持ち前の誠意と勇気をもって救ってくれたんじゃあ!逃げることもできたんに!

 

 マタンゴは倒れ、力を失ったマタンゴの胞子をJBの烈風剣が吹き飛ばした!正気を取り戻したわしらぁは心底感謝した……じゃが奴さんは仲間として当然のことじゃと謙遜ばかり。

 クロサキが言葉少なにJBの肩に腕を乗せたのを見たときわしは、げに目頭が熱くなったね。

「えっとつまり……犬蔵さんは無事、と」

 じゃからそう言っちょるぜよ!

 

 

   第七歩  巨人の警告

 

 

 命からがら町に帰ったわしらを出迎えたんは、朝に出会った女商人と、情報を集めていた仲間たちじゃった。

『随分と疲れきった様子だけど、そんなに強敵にでも出くわしたのかい?』

 わしらは森で出会ったことを話した。女商人は気難しい顔をしてから、

『森のマタンゴだって?…本来やつらはこちらが手出ししなけれは襲ってくることはないはずだが……』

 と呟くと、顔を上げて続ける。

『やはりこの世界に、何か良くないことが訪れようとしているらしい』

 

 ──そん時じゃった。

 

      ゴオオォォン!!

 

 突如、鐘のような音が辺りに響いた。時空が大きくひび割れるのをわしは見た。

 そしてその亀裂から、大樹のように大きな人影がせり出してくるのも。

 [乱入NPC出現。威圧感が溢れる恐ろしげな巨人──きっと、冒険者たちに仇なす怪物に違いありません!]

 GMは珍しくつらつらと言葉を並べたてゆう。突然時空の歪みから現れた巨人は、わしの背丈をゆうに越す大剣を携えてじろりと睨みつけてきた。

『我が名はエンオウ!女神ミケツカミの剣(つるぎ)なり!我が主は何処(いずこ)なりや!』

『エンオウ…?』

 その地鳴りのような声に返す者が一人。

『──エンオウ!今度は何の用だ?』

 

『JB、知り合いがか?』

『知り合いも何も、昨日剣を打ち合った仲だ。途中でREOさんに説得されて、身を引いたはずだろう』

 こない恐ろしげな巨人を説得するにゃあ、REOは思ったより大物らしかった。

『フン……言っただろう、世界の崩壊は近づいている。二つの世界がぶつかり合うのはこの日暮れだ!弱小なる貴様らに止められるかどうか…』

 エンオウはまたしても、わしらをねめまわす。品定めをするよな目つきに、わしはつい前へと踏み出した。

『…よう分からんが、わしらぁを見くびって貰っちゃあ困るぜよ!何ぞわしらの強さを知れば気が変わるはずじゃ!』

 

「…へえ、やるねえ犬蔵さん」

 内心、震える小鹿じゃったがな。REO嬢が出来るならわしにも出来んことはない──何故だかそう思えた。死んでも生き返る…それもあるしの。

「仲間が勝てば、じゃろ?」

 うん……まああいつらはそんな柔じゃなか。

 わしが前に出ると、エンオウは冷酷な瞳を少しだけ緩めた。

『ほう…仔犬、名は?』

『わしはアズマの剣の天才、始末 犬蔵じゃ!エンオウ……ちゅうたか。その女神の剣の技!盗んじゃるえい機会じゃあ!!』

 エンオウは遂に細い目を丸く見開いた。そしてフッと息を吐き、強敵を求める戦士の顔になった。

『面白い!良かろう、貴様らの実力とやらを見せてみろ。混沌に一矢報いれるものであれば……手を貸してやらんこともない』

『望むところだ』

 そうわしの隣に立ったのはクロサキじゃった。それに続いて、続々と仲間たちが武器を構える。

『──行くぞ!!!』

 

 

 戦闘は熾烈を極めた。奴さん、身体は大きくて動きも一切無駄がなく、柔な攻撃は弾き返される。さらにはエンオウの大剣“星凪”の斬撃に、三人もの仲間がまとめて吹き飛ばされる始末。

 そんな戦いん中で、エンオウは思いの外楽しんじょるようにも見えた。“弱小な人間たち”の本気を目にして、己もそれに答えていたからのう。

『クソ、懐にすら入れない…刃が通らねえ』

 クロサキは、痺れるらしい手首を振りながら後退してきゆう。

『せめて奴の気を一瞬でも逸らせられれば…』

 それを聞いて、わしはふと袖に手を忍ばせた。

『…わしに考えがある』

 

 エンオウはなかなか手ごわかったが、わしらは確かに手応えを感じておった。疲弊したエンオウを見逃さず、クロサキが死角から走り寄った。

 風のように短剣を振るう。──が、すんでのところで弾かれてしもうた!

『甘い!』

 体勢を崩したクロサキに、エンオウは大剣を振りかぶる!

 しかしそこに、ヒュッ、と風を切りエンオウの腕を直撃したのが──わしの投げた手裏剣じゃった!

『なにッ』

『今じゃクロサキ!』

『──応ッ!』

 エンオウは思わず剣を取り落とし、その隙を狙ってクロサキの攻撃がエンオウを捉えた!

『飛道具とは小癪な、ぐっ!』

 そこから仲間が怒涛の連撃を決め、エンオウは遂に膝をついたんじゃあ─!

「おお、やったの犬蔵さん!」

 いやあ、よかった。エンオウのあの星を凪ぐような剣技は、もうわしのもんじゃ。

 

『……なるほど』

 剣を置いたエンオウは、静かに口角を上げた。

『軟弱な世界の寄せ集めが、よもやここまでとは。認めよう、汝らは強い』

『じゃあ!』

『来たる世界の崩壊の時、汝らが恐れ逃げ去る者でなければ──もしくは、蛮勇を掲げる愚か者たちであったなら、その行く末を見守らん。

 凶星ダークマター、奴は必ず現れる。ミケツカミの剣の名において…我は必ず、主を見つけ出さねばならぬ』

 エンオウは、JBの差し出した手を力強く握る。エンオウは立ち上がり、剣を重く大地に差した。

『覚えておくがいい、小さき者どもよ。光は闇と共にあり、闇は光と共にある。信じるものをよくよく選べ。……我が言えるのはここまでだ。さらば!』

 時空の裂け目がエンオウを飲み込む。

 不気味な鐘の音が、紫色のひび割れた空に遠く響いた。

 

 

  第八歩  剣士は誰がために爪を研ぐ

 

 

「わしの手裏剣、使ってくれたんがか」

 ハン、そんなニヤニヤするなや。わしがあれを苦手なんは自分の腕のせいじゃと言っておったちや…

「すまんよ、でも上手く使ってくれて嬉しいぜよ」

 あれはどういてなかなか、使い勝手が良かったの。敵の懐に入り込めば外すこともなか。

 よくよく飛ぶし──流石は龍馬の手裏剣じゃき。

「あぁ、ありがとうな。…それで、続きをお願いできんか?わしは犬蔵さんの語るのがしょうまっこと気に入りじゃ」

 えいともよ!…で、エンオウを退けたとこからじゃの。

 

 わしは訳が分からんながらも、エンオウの言っていた『世界の崩壊』について考えを巡らせていた。

『…もしこの世界が崩壊すれば、この世界にいるわしらも無事ではいられんよな』

 仲間たちは重苦しい顔を見合わせた。わしらは来たるその時に備えるために、短いながらも各自準備を整えることにした。

 

『こりゃなかなか、大ごとに巻き込まれちまったもんだな』

 ひたすら刀を研ぐわしの背中に声がかかる。クロサキじゃった。

『こんな所で易々と犬死にするわけにゃあいかん』

『犬だけにってか?…冗談だよ』

 クロサキはわしの睨みもとんと気にせず、ピカピカの双剣を弄んでいた。町の武器屋で新調したらしく、瓜二つに見える一対はさながら鏡に映したようじゃった。

『エンオウより手ごわいんだろ?その、ダークマターっての。攻撃が通らないなんてやってけないし……かっこいいだろこれ』

 なんて見せびらかすもんだから、わしはうざったかった。

『剣なんぞ斬れりゃあなんでもえいがじゃ』

 水に浸けた刃を目の高さに上げて、僅かな歪みを確かめる。切っ先にいるクロサキの顔が見えた。

 わしはそれに、別の人間の姿を重ねておった。

『……わしには…帰るべき世界がある。待っている人がいる…!』

『………』

 クロサキは黙り込んで、暮れゆく空に目を移した。──空に走るひび割れは、少しずつ大きくなっているように感じられた。

 

 日没を目前に控えた町の広場で、わしらは集まった。

 昼間とは打って変わって辺りの喧騒は静まり、どこか緊張した空気が張りつめていた。エンオウとの激闘の後、彼が言い放った不穏な言葉が人づてに広まった…と、女商人は言った。

『…何も起きないといいんだが。景気づけにこれをやろう、元気が出る』

 そん時女商人のご好意で頂いた菓子──ちょこれえとは、この世のものとは思えないほどの美味じゃった。骨のように固いかと思えば舌の上でとろけ、独特な風味のついた甘味が口いっぱいに広がり鼻に抜けていく。それが疲れた身体の五臓六腑を温めて、奮い立たせてくれるような心地がした。

『うまい!』

『お侍さん、美味そうに食うね……いいかい、これはこの世界における言葉の一つなんだがね。“罪を侵した者に必要なのは、刃ではなく帰る場所である”……まあ結局、殺されても生き返るこの世界ならではの甘ちゃん理論なんだけどね』

 そう笑って女商人は去っていった。

 

 広場に残ったのは、元の世界に帰るという願いを持った冒険者たち。他にもバザールの屋台がお開きになる中、行き場をなくして面白そうだからと集まってきた者もいる。

 わしを筆頭に、J.B、クロサキ、羊の女戦士、女盗賊、遊び人、他には眼鏡、狼、それに身の丈をゆうに越す斧を携えた少女。

「いやまて最後おかしい」

 知っておる。わしもクロサキとコソコソ言い合った。

『あれ絶対二つ名に“血濡れの”とかついてるパターンだろ…』

『にこにこ笑いおって恐ろし……あ、こっち来た』

赤ずきんですこんにちは!』

『狼です。赤ずきんさんに雇われてます…』

『マネージャーです』

『いやわからん』

 

 とにかくわしらはひとかたまりになって、集めたランドピースを空に掲げた。……覚えてるがか、最初に女商人に教えてもろうたことじゃ。ランドピースをこじゃんと集めれば、元の世界に帰れるちゅうコトを。

「そういえばそんなことを言っちょったか。」

 クロサキやREOのように、前日にも飛ばされてきた冒険者たちが集めたランドピースも合わさって、青い石を入れた籠は一杯じゃ。

『これで、元いた世界に返してくれるんだろう!』

 わしらは緊張の面持ちで、紫から紺に変わりつつある空を見上げる。そこにGMの声が響いた。

 [……よろしいでしょう、ランドピースが規定の量に達していることを確認しました。これだけ集めればあなた方は、元いた世界に戻る権利がある…]

 青いランドピースは光を帯び、空に吸い込まれるように籠から浮き上がった。

 […と、その前に──やるべきことがありましたね]

 青い光はカッと強くなった。その太陽のごとき眩しさに、わしらはGMの言葉に違和感を感じながらも思わず目を瞑った。

 

 光が収まってわしらがゆっくりと目を開くと、そこには一人の女が立っておった。女は黒い毛並みの狐人で、しゃなりとした黒と赤の装束を纏っておった。

 女は、獣人族特有の長い鼻筋に収まる銀の眼鏡をクイと上げる。

 […改めまして、はじめまして。私は“K”、この世界の全てを司る者。]

 『GM(ゲームマスター)…!?こちらの次元には踏み込んでこないはずでは!?』

 クロサキをはじめとする冒険者たちは狼狽えた。じゃがその神々しいオーラは紛れもなく、わしらを空から見下ろしていた“賽子の女神”そのものじゃった。

 [暗黙の了解が何だと言うのです?神の座に根を張っているわけでは御座いましょう]

『……それで、女神サマが地上の愚民に何の用かな。タクシーで送り届けてくれる、ってわけじゃあなさそうだけど』

 クロサキは三毛に警戒を示していた。Kは、余裕げに銀縁の奥の目を細めてほくそ笑む。

 [それはもちろん……終わらせるためです、この世界を。]

 Kはそう言い放つと、天に向かい腕を広げた。

 [天墜せよ我が守護星。この闇に応え、此処に来たれ──招来!暗黒凶星・ダークマター!!──生命全てを消し去るがいい!!!]

 ──その時一瞬だけ、Kの胸元にぶら下がる黒い首飾りが光ったような気がした。

 

 

    第九歩  凶星ダークマター

 

 

 雷のような、ばりばりと空気が裂ける音が轟く。

『あれは……っ』

 それは、戦慄。開いたままの口から、かひゅっ、と空気が漏れた。

 空に浮かぶ、紺色の破片が波のように揺れる。その真ん中から地上に向かって伸びる闇がある。

 それは、光をも呑み込む本物の黒。この世の地獄、暴虐、絶望全てが顕現せし救いのない星。今ここに因果律は逆転し、地獄の底より舞い降りた大悪魔───ダークマターが、そこには立っていた。

 [ダークマターが、現れました。HPは“∞(むげんだい)”……!

 さあ愚かな冒険者たちよ、逃げるも立ち向かうも、絶望するも好きなように世界の崩壊を待つがいい!!!]

 

 HPは、命の強さと比例する。それが無限大ちゅうことは、底無し、どう足掻いても……

「……絶望。」

 そうとも。しかし、しかしじゃ。

 告げられた圧倒的な戦力差と、なにより地獄の全てを煮詰めて人型に凝縮したような本体から迸る、それはそれは禍々しいオーラに怖じ気づく者も多い中。

『∞とか、あたしよくわかんないけど…』

 “あいつ”は、いや“あの女”は、ちょっと散歩に行くような軽さで声をあげた。

『つ、ま、りィ~~…』

 その赤は、どんな血潮より眩しく映った。

「まさか……」

 …彼女は楽しそうに口角を吊り上げて、こう発声した。

『いっぱい殴れるってことだね☆』

『…………』

「…………」

 ……………。うん。どんな恐ろしげな魔物も奴さん──血濡れの赤ずきんにとっちゃあ質の良い巻藁(サンドバッグ)でしかなかったんろう。

『さーすが赤ずきんさーん皆にはできないことを言ってのけるー』

『そこに痺れるアコガレルーー』

 付き添いの狼とマネージャーが死んだ目でそんなことをほざいちょった。

 全く関係のない冒険者たちの間からも魂の抜けた拍手が起こる。

『あいつが暗黒凶星ならあんたは赤色矮星だー』

『いよっスペクトルMー』

 専門用語が飛び交ったところで、静観していた黒幕、Kは身体を震わせて声を荒らげた。

 [貴様ら……舐めているのか!!??そんなにも骨の一片も残さず消し去られたいのだな???特にそこのお前!!赤いずきんの!!]

『その通り!私は赤ずきんちゃんでーす』

 [ああもういいまずはお前から葬ってやる!ダークマター!!]

 

『──!』

赤ずきんさん!』

 そんな叫びが聞こえたと思うと、狼が手を広げて赤ずきんの背後を庇いゆう。いつの間にか剣を振り上げていたダークマターが、二人をその刃にかける瞬間──

 ──ガキイィン!!!

『…間に合ったか』

 間に割って入ったのは、大剣で攻撃を受け止めたエンオウじゃった。

『JB!お主も突っ立ってる暇があったら、こいつらが剣を受けんよう護ってやれ!!』

『元よりそのつもりですがね!』

 エンオウに煽られたJBが前に出る。ダークマターを前に並んで立つ二人の背中ほど、あん時頼もしいものは無かったね。赤ずきんは論外として。

 冒険者たちが、ダークマターを取り囲む。総勢の目には、もう絶望などではなく炎のように熱い覚悟が燃えたぎっていた!

 

『……いざ、』

 JBが剣を振り上げる。

『───勝負ッ!!!!!』

『ウオォオオオッ!!!』

 その掛け声と共に、わしらは一斉にダークマターへ向かっていった──!

 わしが斬り込み、羊戦士が受け止め、女盗賊が動きを封じ、クロサキが作った隙に赤ずきんが打ち込む。他にも頼れる仲間たちが次々とダークマターを翻弄し、その身を裂かんと剣を振るう。

 しかしダークマターは巧みな剣技と異次元の強さでもって、わしらを嘲笑うかのように余裕げに構えるだけじゃった。やっとこさ届いた傷もつけた側から煙を出して塞がりゆう、痛みも気にせず貧弱な人間どもを蹴散らすばかり。

 だが、

『我々の攻撃は確実にダークマターを消耗させている!傷が治るとしてもその回復力を上回る傷をつけ続ければ、いつかは倒れるはずだ。攻撃の手を休めるなっ!!』

 JBは声のかぎりにわしらを鼓舞し、それはさながら獅子の咆哮のようで。異世界兵長ちゅうんもきっとまっこと立派なお国のモンなんじゃろうと感じ取れたね。

 

 わしらは何時間も闘った。刃が潰れ、殴るように剣を打ちつけているものもいた。…それでもわしらは、諦めることなどしなかった。

 いつの間にか、闘いに参加する人間で広場は埋まっていた。Kの額に、僅かに冷や汗が伝うのをわしは見た。ダークマターに声を浴びせ、いつしかあった余裕も見えなくなる。

『もう飽きたよ、黒い人!』

 めしゃあ、という音を立てて、ダークマターの頭蓋骨に赤ずきんの斧が沈んだ。

 ダークマターがたたらを踏んだ。

『…嘘だ』

 Kは呟く。

『そんな──ダークマターが、ダークマターが!』

 すかさずJBが剣をキラリと光らせる。

『秘技──獅子烈風突き!!!』

 ダークマターの手から離れた剣が風に巻き上げられる。

『これで、終わりだ。……奥義・星凪の太刀-零の型!!!』

 一閃の流星のようにダークマターを斬ったのは、女神の剣・エンオウの斬撃じゃった。

 

 

『……ダークマターが──影に溶けていく──……』

 Kは放心したように呟いた。

『そんな……負けた……?ダークマターが……?』

 どさりと膝から崩れ落ちる。俯いた首から下がる首飾りも、心なしか色が薄くなっているように見えた。

 [……はは、は。]

 Kが息を零す。

 [あはは、はは、は]

 彼女は壊れたようにそう、笑っていた。……しかし、

 [──ぐ、ッ……!!]

 苦しそうな呻きを上げたと思うと、Kは自分の腕をかき抱いてその場に倒れ込んだ。

『どういた、?』

 その急変に、わしらはどうにかせんといかんと思うたが、どうしても剣を握りしめて突っ立っちょることしかできんかったぜよ。

 […私の……私の、心の闇から顕現せし凶星ダークマター……。それが倒されれば、っ…私本体が弱るのも道理よ…]

 三毛は酷く苦しそうじゃった。己の野望が打ち砕かれてしもうたことも、その胸の痛みを増幅させているようで。

 

『………敗北者よ』

 Kの顔に大きな影が落ちる。エンオウが彼女の頭上に立ちはだかったのじゃ。エンオウは、内の見えない人形のような表情(かお)をしとった。

『エン…オウ…。』

 Kが、かすれた声ではるか頭上のエンオウに呼びかける。しかしその声は、あまりにも遠すぎた。

『…汝、邪悪なる者なり。その罪は如何なる苦痛を以て償われることなかれ』

 わしは、エンオウが握る剣の切っ先から漏れる殺気に息をつまらせた。

『エンオウ!』

 そう名を呼んでJBが止めようとするが、

『黙っていろJB!異世界の軍人ごときが我々の理(ことわり)に手を出すな!!』

 という一喝により振り払われてしまう。

わしは──わしは、言おうとした。『それでも彼女は生きておる……心の闇を砕かれて、何も残らないはずの彼女は…っ、』

 ……生きて……生きて、弱々しくも生きておった!なのにわしは、わしは何もできんかった…っ!

 女がまるで物のように首ねっこを掴まれて、高々と持ち上げられても……、その身に余る大きな大きな鋼の剣が、女の心の臓を捉えても……何も、何も。

「犬蔵さん……」

 それでもこの舌は、凍りついたように動かんかった。

 ──ぐったりと地面に放られた女の横で、エンオウが自らの剣で、胸を貫き自害する、そんな瞬間になってまでわしは──、ただ、突っ立っていることしかできんかった。

『…我は…、エンオウ。…ミケツカミの…つるぎ、なり…。我が、ある、じ……いずこ…に………』

 エンオウは事切れた。JBが駆け寄って、傍らに膝をつく。何度も、何度も名を呼びながら。それでもその意志の強い瞳は、二度と開くことはなかった。

 

 

    第十歩  小さな夜明け

 

 

 広場の先の大通り、そこから見える小さな小さな地平線──日の出の光は、世界を温かく包み込んでいった。安堵する者、悲嘆する者、見つめる者、物言わぬ者。空は相も変わらずひび割れてるが、曙色(あけぼのいろ)は柔らかい。

 

 わしがじいっとその光景を眺めておると、ふと、夜と朝の境目の、何とも言えぬ色の間から宝石のようにきらきらと零れる光がある。

 それはどんどん広がってゆき、星の弾けるよな音と共にわしらのもとへやってきた。

 (──よく─よく、頑張りましたね。冒険者たちよ──)

 その光の粒は明確な意志を纏って、わしらの前に“立って”いた。わしはそのあまりの神々しさに、思わず片膝をついた。

『貴女は、いえ、その声は……』

 羊の女戦士が、茫然自失といった様子でそう零す。

『……ランドピースの、女神さま…?』

 そうクロサキは引き継いだ。振り返ると、今や広場に集まる人間は一人残らず膝をついていた。

 

 (─そう、私は魔王に封印された女神、ゼオライト。ランドピースを通して、あなた方の活躍を見守っていました──…あなた方は沢山のランドピースを集め、この世界を救ってくださいました。その働きに感謝して──元の世界へ、戻してさしあげることができます─)

『それは、至極光栄の至りに存じます』

 JBが朗らかに返答する。それを聞いた女神が微笑んだ、ような気がした。

 (では、刹那の別れの時を設けましょう。さあ面を上げて。人の生は短いですから──今生のうち、悔いを残さないように……)

 

 そのご配慮に感動すると同時に、わしはついクロサキを見た。目が合うと、奴はにやっと小生意気な笑みで返した。

 わしらは恐る恐る腰をあげ、女神さまの見守る元一時の会話を楽しんだ。剣の賛美、勇気の称揚、そして赤ずきんへのからかいと賛辞が飛び交う中。わしとクロサキは騒ぎの中心におるJBと笑いあっていた。

『のう、赤ずきんの二つ名何がいいと思うがか?』

『血濡れじゃもう生ぬるい。ここはやっぱ赤色矮性だろ』

『スペクトルMって言った奴誰だ~?』

 そんなどうでもえいことで盛り上がる。わしは“そんなこと”がひどくかけがえのない物に感じた。

 

『……にゃあ』

 わしはクロサキを見上げる。

『…?どうした』

 クロサキは片眉をあげて首を傾げた。

『わしら、えいパーティじゃったかの』

 もう会えないと分かっても、心は空のように澄み渡っておった。クロサキは一瞬不意をつかれたように固まって、それからそっと拳を差し出してくる。

『……当たり前だろう』

 クロサキの銀色の尻尾が微かに揺れた。わしも嬉しゅうなって、拳をコツンとぶつけた。

『ん?お前ら何良さげな雰囲気になってんだァ~?俺も混ぜろオラッ!』

 JBはそうからかいながら自分の拳を伸ばし、それからお天道様のような笑顔を見せた。

『あー面白いことやってる!私もー!』

『じゃあ僕たちも…』

『なかなか粋なことしてるじゃないか』

 拳に集まる輩はあっという間に増えていき、その誰もがやりきった笑顔を咲かせている……!繋がった拳には、熱いものが流れていた。

『俺たちはもう、絆で結ばれあった仲間だ!たとえ世界がばらばらになったって、俺たちの絆は永遠に続くんだぜ!!』

『おー!!!!』

 

 

     終巻  ただいま

 

 

「………というわけで」

 犬蔵は自身の身に起こったこと全てを語り終え、静かに俯いて手のひらを見下ろしていた。

「…わしは、思い出だけを引っさげてここに帰ってきた。……この手には、皆の想いが残っちょる。例えあれが胡蝶の夢だったとしても、それだけは、本物ぜよ。」

 犬蔵は満足げな顔で笑った。ふわふわした尻尾が椅子を掃いている。

「そうがか……壮大な経験をしてきたんじゃなあ、犬蔵さん」

 犬蔵の手触りの良い髪を、龍馬の白い手がぽんぽんと撫でる。

「…はー、語り尽くしたら疲れたき。もう寝よ…」

「それじゃ、お説教は明日にしとこか」

 犬蔵はその言葉にぎくりと固まった。

「え゙ぇ゙わしなんも怒られるようなことしてんが!?」

 しかし龍馬は揺るがない。

「言うたろう?わしは言い訳は聞かん、とな。まだまだ未熟な部分があるき、犬蔵さんは。ゆっくり休んで、心の準備しちょってね?」

「……わーかったよ。龍馬の居ひん所で、羽目外した自覚はある。じゃからお手柔らかに頼みます~…。」

 犬蔵はそう言うとそそくさと自室に戻っていってしまった。その扉が閉まるまで見送った龍馬は、長いため息を吐いた。

「はーーぁ……もう。…ま、お疲れ様じゃな──犬蔵さん」

 

 

      ~~筆者のあとがき~~

 

 

──いかがだっただろうか。これらは全て私、ルーン魔術師REOが見てきたことであり……異世界に生きる少女、始末 犬蔵が体験したことである。

この著書を執筆するきっかけとなったのは言わずもがな、あの世界で果たした彼女、犬蔵との奇跡の出逢いである。

……さあ、彼女に宣言した通り、この長ったらしい文字の羅列が“面白い読み物”になっていることを祈る。

 

私が誰かって?……分かりきったことじゃないか。最初に言った(かいた)通り───私はルーン魔術師(ことだまつかい)REO。そうでなければいったいどうして、[M]を[(マンワズ)]なんて読めるんだい?

 

 

 

-------END--------

 

 

 

☆Special Thanks☆

 

 GM三毛様

 

運営に携わった皆様

 

高田馬場TECH.C様

 

冒険の素晴らしい仲間たち

 

魅力的なNPCたち

 

etc..